書評
『破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち』(みすず書房)
国家を穿孔する治外法権ゾーン
民主主義と資本主義は相性が悪い。マルクスら左派は資本主義が民主主義を脅かすと主張し、ハイエクら右派は民主主義が資本主義を脅かすと指摘した。現代において優位なのは、言うまでもなく後者の「思想」だ。テック右派のピーター・ティールも、この思想を強く支持している。歴史家クィン・スロボディアンは、前作『グローバリスト――帝国の終焉(しゅうえん)とネオリベラリズムの誕生』(白水社、2024年)において、新自由主義が「市場を民主主義から守る」制度設計だったことを検証してみせた。本作の主張もその延長線上にある。主張の核心は「民主主義なき自由主義が世界を席巻する」。この思想を象徴するのが「香港」だ。
知られる通り香港は、一九九七年までイギリスの植民地であり、それゆえ経済的自由度が極めて高く、民主的統制が限定的な飛び地だった。ハイエクの系譜にある経済学者ミルトン・フリードマンは、香港の経済を絶賛した。一九七八年に香港を訪問した時には「香港が世界の資本主義の望ましい最終形態」とまで述べている。
スロボディアンはこのような、経済的自由を最大化し民主主義が最小化された治外法権的区域を「ゾーン」と呼ぶ。彼の主張によれば、いまや全世界には五四〇〇カ所以上のゾーンが存在し、それが国家を穿孔(せんこう)し、モザイク状に切り刻みつつあるという。「破壊系~」のタイトルはそこに由来する。
ゾーンにはさまざまなバリエーションがある。経済特区、租税回避地(タックスヘイブン)、自由港、そして近年は海上都市やメタバースなど。著者はさまざまなゾーンの事例を列挙する。ロンドンのカナリー・ワーフ、シンガポール、南アフリカの黒人隔離区、ソマリランド、アメリカのゲーテッド・コミュニティ、リヒテンシュタイン、ドバイ、ホンジュラス、そしてメタバース。とりわけシンガポールは、実質的な一党独裁と徹底的市場原理の組み合わせによって、政治的自由を制限しつつ経済的自由を最大化する「完璧なモデル」として、リバタリアン(自由至上主義者)に崇拝されているという。
ただ、本書に列挙された地域を一瞥(いちべつ)すればわかる通り、ゾーンのスケールは最大でシンガポール止まりであり、比較的小さいエリアに限られる。これはゾーンが、その周辺の地域や国家が提供するインフラ(治安、労働力、法的安定性などを含む)にタダ乗りする例外地域であるためだろう。低税・低規制の優位性は、比較優位として成り立っており、周囲に“普通の国家”が存在し続ける限りでしかゾーンの資本主義は機能しない。ゾーンには寄生虫的な側面があり、破壊系資本主義が全面化して宿主たる国家が崩壊したら、比較優位は消滅し、経済は停滞するだろう。宿主が死ねば寄生虫も生きられないのだ。
スロボディアンも、次のように結論づける。「国家資本主義体制を採用するひと握りの超大国の立場を強化する存在、それがゾーンの正体」だ。それが寡占と腐敗、富の集中、権威主義との結託につながる。この現実を踏まえるなら、私たちが民主主義を捨て去ることが、そう簡単ではないことがよくわかる。
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