書評

『破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち』(みすず書房)

  • 2026/04/28
破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち / クィン・スロボディアン
破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち
  • 著者:クィン・スロボディアン
  • 翻訳:松島 聖子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(360ページ)
  • 発売日:2026-01-19
  • ISBN-10:462209830X
  • ISBN-13:978-4622098300
内容紹介:
〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリ… もっと読む
〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリアンとしても有名なピーター・ティールは、民主主義なき資本主義という夢をこうぶち上げた。だが、大仕事に着手したのは彼ではない。徹底的な市場原理に基づいて経営されていた香港。十全の経済的自由を実現しながら民主主義的には不完全な領域…。この「ゾーン」に心酔したのは、新自由主義の偶像ミルトン・フリードマンだ。新自由主義知識人らは、香港をテンプレートとして、ゾーンを世界中に広めることを夢見た。この夢想は、タックスヘイブン、自由港、経済特区など、さまざまな姿をとった。既存国家の規制から自由な海上都市というSF的構想すら真剣に取り組まれている。ロンドン、シンガポール、南アフリカ、米国、未承認国家ソマリランド、ドバイ、メタバース…実験場は世界各地に及ぶ。低能な多数者の専制を脱出しゾーンを建設する願望は、低能とされた人種からの隔離主義や21世紀版植民地主義にしばしば結びつく。テック右派に影響を及ぼす思想家カーティス・ヤービンは、シリコンバレーによるホンジュラスでのゾーン建設構想を〈非欧州人は欧州人に支配されていたときのほうが豊かだった〉と絶賛した。新自由主義研究の画期を成す歴史家が、急進的市場主義者の夢想と実践を追跡する。

目次
1 小さな島々の物語(世界にもっと香港を;ロンドン―美しき廃墟;シンガポール方式)
2 部族化する世界(リバタリアン流のバントゥースタン;素晴らしき「国家の死」;米国―「新たな中世」のコスプレ族;株式会社リヒテンシュタイン)
3 フランチャイズ国家(ソマリ白人のビジネス族;ドバイ―法律のバブルドーム;ホンジュラス―シリコンバレーの植民計画;メタバースのクラウド国)

国家を穿孔する治外法権ゾーン

民主主義と資本主義は相性が悪い。マルクスら左派は資本主義が民主主義を脅かすと主張し、ハイエクら右派は民主主義が資本主義を脅かすと指摘した。現代において優位なのは、言うまでもなく後者の「思想」だ。テック右派のピーター・ティールも、この思想を強く支持している。

歴史家クィン・スロボディアンは、前作『グローバリスト――帝国の終焉(しゅうえん)とネオリベラリズムの誕生』(白水社、2024年)において、新自由主義が「市場を民主主義から守る」制度設計だったことを検証してみせた。本作の主張もその延長線上にある。主張の核心は「民主主義なき自由主義が世界を席巻する」。この思想を象徴するのが「香港」だ。

知られる通り香港は、一九九七年までイギリスの植民地であり、それゆえ経済的自由度が極めて高く、民主的統制が限定的な飛び地だった。ハイエクの系譜にある経済学者ミルトン・フリードマンは、香港の経済を絶賛した。一九七八年に香港を訪問した時には「香港が世界の資本主義の望ましい最終形態」とまで述べている。

スロボディアンはこのような、経済的自由を最大化し民主主義が最小化された治外法権的区域を「ゾーン」と呼ぶ。彼の主張によれば、いまや全世界には五四〇〇カ所以上のゾーンが存在し、それが国家を穿孔(せんこう)し、モザイク状に切り刻みつつあるという。「破壊系~」のタイトルはそこに由来する。

ゾーンにはさまざまなバリエーションがある。経済特区、租税回避地(タックスヘイブン)、自由港、そして近年は海上都市やメタバースなど。著者はさまざまなゾーンの事例を列挙する。ロンドンのカナリー・ワーフ、シンガポール、南アフリカの黒人隔離区、ソマリランド、アメリカのゲーテッド・コミュニティ、リヒテンシュタイン、ドバイ、ホンジュラス、そしてメタバース。とりわけシンガポールは、実質的な一党独裁と徹底的市場原理の組み合わせによって、政治的自由を制限しつつ経済的自由を最大化する「完璧なモデル」として、リバタリアン(自由至上主義者)に崇拝されているという。

ただ、本書に列挙された地域を一瞥(いちべつ)すればわかる通り、ゾーンのスケールは最大でシンガポール止まりであり、比較的小さいエリアに限られる。これはゾーンが、その周辺の地域や国家が提供するインフラ(治安、労働力、法的安定性などを含む)にタダ乗りする例外地域であるためだろう。低税・低規制の優位性は、比較優位として成り立っており、周囲に“普通の国家”が存在し続ける限りでしかゾーンの資本主義は機能しない。ゾーンには寄生虫的な側面があり、破壊系資本主義が全面化して宿主たる国家が崩壊したら、比較優位は消滅し、経済は停滞するだろう。宿主が死ねば寄生虫も生きられないのだ。

スロボディアンも、次のように結論づける。「国家資本主義体制を採用するひと握りの超大国の立場を強化する存在、それがゾーンの正体」だ。それが寡占と腐敗、富の集中、権威主義との結託につながる。この現実を踏まえるなら、私たちが民主主義を捨て去ることが、そう簡単ではないことがよくわかる。
破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち / クィン・スロボディアン
破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち
  • 著者:クィン・スロボディアン
  • 翻訳:松島 聖子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(360ページ)
  • 発売日:2026-01-19
  • ISBN-10:462209830X
  • ISBN-13:978-4622098300
内容紹介:
〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリ… もっと読む
〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリアンとしても有名なピーター・ティールは、民主主義なき資本主義という夢をこうぶち上げた。だが、大仕事に着手したのは彼ではない。徹底的な市場原理に基づいて経営されていた香港。十全の経済的自由を実現しながら民主主義的には不完全な領域…。この「ゾーン」に心酔したのは、新自由主義の偶像ミルトン・フリードマンだ。新自由主義知識人らは、香港をテンプレートとして、ゾーンを世界中に広めることを夢見た。この夢想は、タックスヘイブン、自由港、経済特区など、さまざまな姿をとった。既存国家の規制から自由な海上都市というSF的構想すら真剣に取り組まれている。ロンドン、シンガポール、南アフリカ、米国、未承認国家ソマリランド、ドバイ、メタバース…実験場は世界各地に及ぶ。低能な多数者の専制を脱出しゾーンを建設する願望は、低能とされた人種からの隔離主義や21世紀版植民地主義にしばしば結びつく。テック右派に影響を及ぼす思想家カーティス・ヤービンは、シリコンバレーによるホンジュラスでのゾーン建設構想を〈非欧州人は欧州人に支配されていたときのほうが豊かだった〉と絶賛した。新自由主義研究の画期を成す歴史家が、急進的市場主義者の夢想と実践を追跡する。

目次
1 小さな島々の物語(世界にもっと香港を;ロンドン―美しき廃墟;シンガポール方式)
2 部族化する世界(リバタリアン流のバントゥースタン;素晴らしき「国家の死」;米国―「新たな中世」のコスプレ族;株式会社リヒテンシュタイン)
3 フランチャイズ国家(ソマリ白人のビジネス族;ドバイ―法律のバブルドーム;ホンジュラス―シリコンバレーの植民計画;メタバースのクラウド国)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年4月25日

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