コラム
トランプ暴露本より「アメリカの本音が分かる」話題の3冊
2016年の大統領選を通じて、アメリカの多くの人々が主流(メインストリーム)の新聞やテレビのニュースよりネット上の「フェイクニュース」を信じるようになった。そして結果的に、大統領選で多くの暴言と嘘の発言を繰り返したドナルド・トランプを大統領に選んだ。
これは多くのアメリカ人にとって理解を超える衝撃的な出来事だった。選挙中には、トランプの支持基盤である白人貧困層の思考を描写したJ・D・バンスのノンフィクション『ヒルビリー・エレジー』がベストセラーになり、選挙後には、かつて保守運動の中心的存在だったチャールズ・J・サイクスが、『右派はいかにして正気を失ったのか』という本を刊行した。だが、これらの本は現象の一部を説明しただけだ。
もっと壮大な視点でアメリカ社会を解説するのが、カート・アンダーセンの歴史ノンフィクション『ファンタジーランド 』だ。コロンブスがアメリカ大陸に上陸した500年前までさかのぼって根本的な問題に踏み込んでいる。アメリカは、ヨーロッパの白人が移住し始めたときから一貫して「幻想」が支配する国で、トランプ政権の誕生は起こるべくして起きたというものだ。
「何もないところから、計画的に造られた初めての国」というのがアメリカのユニークさだ。先住民はいたものの、ヨーロッパの白人にとっては妄想を自由に膨らませることができる「新世界」だった。
アメリカに最初にやって来た移民たちは、イギリス人の中でも「幻想のために慣れ親しんだもの全てを放棄し、自己をフィクション化した過激主義者」だった。
その後マサチューセッツにやって来た清教徒たちも、違った意味で過激だった。アンダーセンによると清教徒は、「クエーカー教徒を絞首刑にし、カトリックの司教が足を踏み入れたら絞首刑にするという法を可決した」宗教過激派だった。彼らは、既に腐敗したヨーロッパではなく、「新しいイギリス」である北東部ニューイングランドに「新しいエルサレム(聖地)」をつくろうとした。
ハーバード大学の初期の学長を務めたインクリース・マザーは神権政治家であり、「終末預言」を文字どおりの真実と考える清教徒でもあった。「キリストが再臨し、死者をよみがえらせ、裁きを行う」世界の終わりは「今すぐにでも起こる」と説いた。マザーは悪名高いセーレムの魔女狩り裁判にも関わったことで知られる。「アメリカは宗教過激派によって創造された」のだ。
しかし、このマジカルな発想があるからこそ、アメリカではハリウッドの映画産業やディズニーが誕生し、人類を月に送ることができたとも言える。本書のタイトル「ファンタジーランド」そのものだ。一方でインチキ医療やドラッグの蔓延、さまざまな陰謀説も生まれた。
現在のアメリカではリアリティー(現実)よりフィクションが多い「リアリティー番組」が流行しているが、大統領選で拡散されたフェイクニュースは、現実と乖離したリアリティー番組の「リアリティー」と同じようなものだ。情報の受け手が、「信じたいものを信じる権利がある」と決めれば、それが「真実」になる。
アンダーセンは本書で「最近では、メインストリームという言葉は侮蔑語になり、エリートによる偏見、嘘、抑圧を意味する表現として使われるようになった」と指摘している。
絶望的な状況のようにも感じられるが、保守とリベラルの双方の著名人の講演を運営してきた知人は「トランプ政権の誕生はアメリカが軌道修正するための必要悪かもしれない」と言う。
堂々と嘘をつき、独裁政権への憧憬を口にする大統領への危機感から、昨年前半にはディストピア小説の古典、ジョージ・オーウェルの『1984年』やマーガレット・アトウッドの『侍女の物語 』がベストセラーになった。多くの読者は、これらの古典を読んだことがなかった若者だ。
キリスト教右派は長年この判決を覆すことを狙っており、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンやフェミニストはその危機を訴えていたが、若い女性は耳を傾けなかった。
恐れていたとおり、トランプは大統領就任後すぐに国外で人工妊娠中絶を支援するNGOに対する連邦助成金を禁止する大統領令に署名した。また、大統領と議会の上下両院の多数を共和党が占めた結果、最高裁判事は5対4で保守に傾いており、ロー判決が覆される可能性も生まれている。
その嘆きと怒りは抵抗への原動力になったところがある。トランプの就任直後には全米で女性の抗議デモが行われ、推定300万~500万人が参加した。昨年9月に発売されたクリントンの回想録『何が起きたのか(事務局注:英題『What Happened』) 』は、最初の週に30万部が売れ、パブリッシャーズ・ウイークリー誌によると、その数字はノンフィクション・ハードカバーとしては12年以降で最大だった。
『侍女の物語』はアマゾンで「今年最も読まれた小説」に選ばれ、動画配信サービスHuluで4月から始まった連続ドラマはエミー賞8部門を受賞した。
続いて起こったのが性暴力やセクハラ被害を告発する「#MeToo (私も被害者だ)」運動だ。昨年10月以降、ハリウッドの大物映画プロデューサーから性暴力やセクハラを受けた女優らが次々と実名で体験を告白し、プロデューサーはハリウッドを追放された。他の被害者たちも名乗りを上げ、有名俳優やテレビ司会者、大物議員らがキャリアを失った。運動はさらにさまざまな業界や分野に広がっている。
前述の知人はため息をつきながら言った。「ヒラリーが勝っていたら、こうした運動は起こっていなかったかもしれない。だとしたら、彼女が負けたことには意義がある。そう思わなければアメリカで生きる希望をなくしてしまう」
これは多くのアメリカ人にとって理解を超える衝撃的な出来事だった。選挙中には、トランプの支持基盤である白人貧困層の思考を描写したJ・D・バンスのノンフィクション『ヒルビリー・エレジー』がベストセラーになり、選挙後には、かつて保守運動の中心的存在だったチャールズ・J・サイクスが、『右派はいかにして正気を失ったのか』という本を刊行した。だが、これらの本は現象の一部を説明しただけだ。
もっと壮大な視点でアメリカ社会を解説するのが、カート・アンダーセンの歴史ノンフィクション『ファンタジーランド 』だ。コロンブスがアメリカ大陸に上陸した500年前までさかのぼって根本的な問題に踏み込んでいる。アメリカは、ヨーロッパの白人が移住し始めたときから一貫して「幻想」が支配する国で、トランプ政権の誕生は起こるべくして起きたというものだ。
「何もないところから、計画的に造られた初めての国」というのがアメリカのユニークさだ。先住民はいたものの、ヨーロッパの白人にとっては妄想を自由に膨らませることができる「新世界」だった。
宗教過激派だった清教徒
南米から金と金鉱を強奪したスペインを羨んだイギリスは、現在のアメリカ南部のバージニアで金や宝石を見つける計画を立てた。全く根拠がない妄想だったが、それに魅了されて勇んで故郷を捨てた者がいた。そして「ゴールドなしのゴールドラッシュ」という現象が起こった。アメリカに最初にやって来た移民たちは、イギリス人の中でも「幻想のために慣れ親しんだもの全てを放棄し、自己をフィクション化した過激主義者」だった。
その後マサチューセッツにやって来た清教徒たちも、違った意味で過激だった。アンダーセンによると清教徒は、「クエーカー教徒を絞首刑にし、カトリックの司教が足を踏み入れたら絞首刑にするという法を可決した」宗教過激派だった。彼らは、既に腐敗したヨーロッパではなく、「新しいイギリス」である北東部ニューイングランドに「新しいエルサレム(聖地)」をつくろうとした。
ハーバード大学の初期の学長を務めたインクリース・マザーは神権政治家であり、「終末預言」を文字どおりの真実と考える清教徒でもあった。「キリストが再臨し、死者をよみがえらせ、裁きを行う」世界の終わりは「今すぐにでも起こる」と説いた。マザーは悪名高いセーレムの魔女狩り裁判にも関わったことで知られる。「アメリカは宗教過激派によって創造された」のだ。
しかし、このマジカルな発想があるからこそ、アメリカではハリウッドの映画産業やディズニーが誕生し、人類を月に送ることができたとも言える。本書のタイトル「ファンタジーランド」そのものだ。一方でインチキ医療やドラッグの蔓延、さまざまな陰謀説も生まれた。
現在のアメリカではリアリティー(現実)よりフィクションが多い「リアリティー番組」が流行しているが、大統領選で拡散されたフェイクニュースは、現実と乖離したリアリティー番組の「リアリティー」と同じようなものだ。情報の受け手が、「信じたいものを信じる権利がある」と決めれば、それが「真実」になる。
アンダーセンは本書で「最近では、メインストリームという言葉は侮蔑語になり、エリートによる偏見、嘘、抑圧を意味する表現として使われるようになった」と指摘している。
絶望的な状況のようにも感じられるが、保守とリベラルの双方の著名人の講演を運営してきた知人は「トランプ政権の誕生はアメリカが軌道修正するための必要悪かもしれない」と言う。
堂々と嘘をつき、独裁政権への憧憬を口にする大統領への危機感から、昨年前半にはディストピア小説の古典、ジョージ・オーウェルの『1984年』やマーガレット・アトウッドの『侍女の物語 』がベストセラーになった。多くの読者は、これらの古典を読んだことがなかった若者だ。
嘆きと怒りが原動力に
『侍女の物語』の舞台は、キリスト教原理主義者による軍事クーデターで独裁政権となった架空の未来だ。この新国家では、妊娠可能な女性は「侍女」として子供を産む道具として扱われ、名前もなければ自由もない。現代の女性にとってはただのフィクションだが、建国時からキリスト教原理主義が強いアメリカでは、73年の連邦最高裁「ロー対ウェード判決」まで人工妊娠中絶は違法だった。残念なことに、それを覚えているのは高齢層だけになっている。キリスト教右派は長年この判決を覆すことを狙っており、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンやフェミニストはその危機を訴えていたが、若い女性は耳を傾けなかった。
恐れていたとおり、トランプは大統領就任後すぐに国外で人工妊娠中絶を支援するNGOに対する連邦助成金を禁止する大統領令に署名した。また、大統領と議会の上下両院の多数を共和党が占めた結果、最高裁判事は5対4で保守に傾いており、ロー判決が覆される可能性も生まれている。
その嘆きと怒りは抵抗への原動力になったところがある。トランプの就任直後には全米で女性の抗議デモが行われ、推定300万~500万人が参加した。昨年9月に発売されたクリントンの回想録『何が起きたのか(事務局注:英題『What Happened』) 』は、最初の週に30万部が売れ、パブリッシャーズ・ウイークリー誌によると、その数字はノンフィクション・ハードカバーとしては12年以降で最大だった。
『侍女の物語』はアマゾンで「今年最も読まれた小説」に選ばれ、動画配信サービスHuluで4月から始まった連続ドラマはエミー賞8部門を受賞した。
続いて起こったのが性暴力やセクハラ被害を告発する「#MeToo (私も被害者だ)」運動だ。昨年10月以降、ハリウッドの大物映画プロデューサーから性暴力やセクハラを受けた女優らが次々と実名で体験を告白し、プロデューサーはハリウッドを追放された。他の被害者たちも名乗りを上げ、有名俳優やテレビ司会者、大物議員らがキャリアを失った。運動はさらにさまざまな業界や分野に広がっている。
前述の知人はため息をつきながら言った。「ヒラリーが勝っていたら、こうした運動は起こっていなかったかもしれない。だとしたら、彼女が負けたことには意義がある。そう思わなければアメリカで生きる希望をなくしてしまう」