書評

『魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話』(サンマーク出版)

  • 2025/08/29
魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話 / ルル・ミラー
魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話
  • 著者:ルル・ミラー
  • 翻訳:上原 裕美子
  • 出版社:サンマーク出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(384ページ)
  • 発売日:2025-02-26
  • ISBN-10:4763141783
  • ISBN-13:978-4763141781
内容紹介:
19世紀末、生涯をかけて魚類を収集・分類した科学者デイヴィッド・スター・ジョーダン。その膨大なコレクションは、落雷、火災、さらに巨大地震によって幾度となく破壊された。だが彼は、世界… もっと読む
19世紀末、生涯をかけて魚類を収集・分類した科学者デイヴィッド・スター・ジョーダン。その膨大なコレクションは、落雷、火災、さらに巨大地震によって幾度となく破壊された。だが彼は、世界に秩序をもたらそうと、まるで運命に抗うかのように分類作業を続けた。NPR(米国公営放送)の気鋭ジャーナリスト、ルル・ミラーが追跡した衝撃の実話。ジョーダンの生涯を掘り起こす作業を通じて、自然、歴史、倫理、そして愛についての著者の理解は大きく揺るがされていく。科学への深い執着、殺人の影、分類することへの限りない欲望。全てが混ざり合う、目が離せない知的冒険の記録。

目次
第1章 頭上に星を戴く少年
第2章 島の預言者
第3章 神なき幕間劇
第4章 尾を追いかけて
第5章 標本瓶の中の始祖
第6章 崩壊
第7章 不壊なるもの
第8章 妄想
第9章 この世で一番苦いもの
第10章 正真正銘の化け物屋敷
第11章 はしご
第12章 タンポポたち
第13章 デウス・エクス・マキナ―機械仕掛けの神

心の在り方の指針 学者の生涯に求め

この本は米国の魚類の分類学者デイヴィッド・スター・ジョーダンの伝記である。普通伝記といえば描かれる人物の生涯を淡々と客観的に記すもので、著者は表面に出ない。ジョーダンの伝記はすでに他の人によって書かれているし、自伝もある。そこに本書が加わるのは、著者ルル・ミラーが自分の心の在り方の指針をジョーダンに求め続けたからである。本書は科学ジャーナリストである著者半生の心の自伝でもある。

七歳児のころ、夏の休暇中、著者は父親にふと尋ねる。「人生の意味って何?」「父は一瞬、黙って双眼鏡を目にあてたまま、黒い眉毛を片方だけ上げた。それから私のほうを向き、ニヤリと笑い、宣言した。『ないよ』」「まるで、私が生まれてからずっと、父は私がこの質問をするのを待ちわびていたかのようだった。人生の意味は何もない、と父は私に告げた」「意味などはない。神などいない。何らかの形でおまえを見ている存在も、守っている存在もいない。死後の世界もない。運命もない。計画もない。あると言ってくる人を信じてはいけない。そういうのは全部、人間が安心するためにでっちあげたものだ。すべてのものに意味がなく、自分の存在にも意味がないと思うのが不安だから、でっちあげるのだ。だけど真実はこうだ。どんなものも意味はない。自分の存在に何も意味はない(ユー・ドント・マター)」

子どもに伝えるには、ずいぶん極端な内容だと感じるが、著者の父は生化学者で、言ってみれば十九世紀の物理化学的な世界像を素直にそのまま信じている人であったと思われる。ジョーダンも同じだった。後に著者は睡眠薬による自殺未遂を試みたり、生きることにしばしば困難を感じるが、その都度参考人として呼び出されるのは父ではなく、ジョーダンである。「私が私自身の泥沼から抜け出す道を彼が示してくれるのではないかという期待」があったからであろう。すべては無意味だといってみても、父親は目の前で現に生きているわけだし、その親が参考になるのではと感じるが、親子とは難しいもので、そうはいかなかったらしい。他方、ジョーダンは四十歳という若さで、当時新設されたスタンフォード大学の学長になり、世界各地で魚採集に没頭する。本書の中三分の一はその時期のジョーダンに触れ、落雷による大学の火事で多くの標本を失い、のちに地震でやはり多くの標本を失ったジョーダンがなぜ気持ちを回復できたか、その理由をルルは知りたいと感じ、それを追求する。

最後の部分は、ジョーダンが優生学にすっかり身を入れ、人類の進歩のために遺伝的浄化を図るとして、障害者に対する断種手術を強制することを強力に支持したことを記す。その背後にあったのはなにか。アリストテレス以来の「自然の階梯」だとルル・ミラーはいう。欧米文化での階層性の強力さを私は理解しない。アルファベットの世界には、文字と単語という基本的な階層性が存在する。私が『形を読む』という自著を公刊したとき生物学者の団まりなさんから私信を受け取った。私が階層性を軽く見すぎているという内容だった。団さんの母親ジーンさんは米国人の生物学者である。それが背景にあると私は思った。
魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話 / ルル・ミラー
魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話
  • 著者:ルル・ミラー
  • 翻訳:上原 裕美子
  • 出版社:サンマーク出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(384ページ)
  • 発売日:2025-02-26
  • ISBN-10:4763141783
  • ISBN-13:978-4763141781
内容紹介:
19世紀末、生涯をかけて魚類を収集・分類した科学者デイヴィッド・スター・ジョーダン。その膨大なコレクションは、落雷、火災、さらに巨大地震によって幾度となく破壊された。だが彼は、世界… もっと読む
19世紀末、生涯をかけて魚類を収集・分類した科学者デイヴィッド・スター・ジョーダン。その膨大なコレクションは、落雷、火災、さらに巨大地震によって幾度となく破壊された。だが彼は、世界に秩序をもたらそうと、まるで運命に抗うかのように分類作業を続けた。NPR(米国公営放送)の気鋭ジャーナリスト、ルル・ミラーが追跡した衝撃の実話。ジョーダンの生涯を掘り起こす作業を通じて、自然、歴史、倫理、そして愛についての著者の理解は大きく揺るがされていく。科学への深い執着、殺人の影、分類することへの限りない欲望。全てが混ざり合う、目が離せない知的冒険の記録。

目次
第1章 頭上に星を戴く少年
第2章 島の預言者
第3章 神なき幕間劇
第4章 尾を追いかけて
第5章 標本瓶の中の始祖
第6章 崩壊
第7章 不壊なるもの
第8章 妄想
第9章 この世で一番苦いもの
第10章 正真正銘の化け物屋敷
第11章 はしご
第12章 タンポポたち
第13章 デウス・エクス・マキナ―機械仕掛けの神

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年8月23日

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