本の出版と販売、減少する書店をめぐる現在の課題と展望
「街の本屋」が消えていく。書店の減少については、日本でもかなり前から心配する声が上がっている。NHK NEWS WEBの記事によれば、2024年時点で全国の書店数はおよそ1万430店で、10年でおよそ3割にあたる4200店以上が消えていった。とりわけ小規模店舗の閉店が目立ち、今や市町村のおよそ4分の1には書店が1軒もないという。そして、本の売り上げは1996年をピークに下がり続けている。文化庁の2023年の調査によれば、1か月に1冊も本を読まないと答えた人は62.6パーセントにのぼる。人口10万人あたりの書店数は日本のほうが英国よりはるかに多いとはいえ、本書で語られる英国出版業を取り巻く状況はけっして他人事ではない。
また、オンライン販売、電子書籍の影響はグローバルである。生成AIと知的財産権の問題も英国だけのものではない。本書を訳しているあいだにも、生成AIを用いたと思われる日本の著名作家を装った偽作がアマゾンで販売される事例があった。書籍の出版と販売を取り巻く課題は山積みで、待ったなしの対策が必要である。
もちろん、英国にも日本にも、明るいニュースはある。今日、独立系書店、すなわち個人が経営する小規模の本屋は全国で増加傾向にあるという。こだわりの選書やイベントで顧客を集めているようだ。未知の世界と出会う場所として、いずれの国でも実店舗の書店が見直されている。
一方、現在の英国と日本の出版環境にはいくつか相違点がある。最大の違いは、本の定価の有無だろう。日本には出版社が価格を決定し、小売書店が定価販売する著作物再販制度がある。本書では、それと似たような英国の書籍値引き禁止協定(Net Book Agreement, NBA)の誕生と廃止の経緯、その影響が大きく取り上げられており、なかなか興味深い。また、日本には、出版社と書店のあいだに取次が入るという独特な流通構造や委託配本制度が存在する点も英国とは異なる。もうひとつ、英国には、不動産の所有者ではなく使用者に課されるビジネスレートという非居住用事業用固定資産税がある。家賃にくわえてその税金が書店を含む小売店にのしかかるため、オンライン事業者などと比較して実店舗書店の負担が重すぎると著者は述べている。
手書きの写本の時代からデジタル化された現在にいたる詳しい英国書籍販売史にくわえて、本書の魅力のひとつはやはり、著者マイケル・ロブ個人の体験である。著者が父親とともに書店を経営していたチェルムズフォードは、ロンドンから50キロほど離れたイングランド東部エセックス州にある。人口は約18万人、ローマ帝国時代から続く歴史ある市場町で、太古の昔には「カエサルの市場」と呼ばれていたらしい。
英国の街の典型的な主要繁華街はハイストリートと呼ばれ、1本の道の両側に似たような2〜3階建ての建物が隙間なく立ち並び、百貨店、スーパー、衣料品店、銀行、ドラッグストア、パブ、カフェ、レストランなどが入っている。近年は歩行者専用道路になっていることも多い。店は有名な全国チェーンが多く、同じ規模の街ならどこへ行ってもおおむね同じ店が並んでいる。おそらく本書に登場する小売の全国チェーン拡大の時期にそうなったのだろう。個性がないと嘆く声もよく聞かれる。ロブズ・ブックショップは、鉄道駅から見てハイストリートよりも少し遠く、衣料品、雑貨、理容店、料理店など個人が営む小さな商店が並ぶ場所にあったようだ。まさに「街の本屋さん」だった。
本を愛する気持ちは万国共通である。そして著者が述べているように、その気持ちは、印刷機の誕生より前のはるか昔から脈々と受け継がれてきた。形はなんであれ、それを未来へと繋いでいくことが今、なにより大切なのかもしれない。
[書き手]大槻敦子(翻訳家)