コラム
西欧中世の死後の世界『煉獄の誕生』『中世とは何か』
象徴的空間の方向性の体系においては、ギリシャ・ローマ古代が左と右の対立に特に重要な位置を与えたのに対し、キリスト教は、旧約・新約聖書に見られるようにこの二項対立をも受け継いだが、他方早い時期から高低(上下)の体系に特権的価値を与えた。
死後の世界の話だといっても、その存在が強烈に信じられていた時代には、それは現実の世界にも大きな影響を与えずにはおかない。天国と地獄、および終末の時という空間、時間のイメージは、現世の空間時間観念の再編成をうながし、人々の生活を決定的に規制して行く。この点について、ル=ゴフはさらにこう語る。
古代末期から産業革命の時代にいたる長い中世のキリスト教世界のように、深く宗教に浸された社会にあっては、あの世の地図、つまり世界全体の地図が変り、死後の時間、つまり現世の歴史的時間と終末の時までのあいだ、現実の時間と待機と時間の中間の時期の観念が変化することは、ゆっくりとした、しかし本質的な心性の変革が行われることに他ならない。
引用はいずれも、ル=ゴフの主要な著作のひとつである『煉獄の誕生』からのものである。ル=ゴフによれば、「煉獄」という言葉、したがってその観念が明確なかたちで登場するのは十二世紀後半のことだというが、「煉獄」というかたちに集約される世界イメージはそれ以前から次第に形成され、十八世紀末まで西欧人の心性を支配し、あらゆる面でその生活、思考に影響を及ぼした。
このような観念の「誕生」を跡づけた『煉獄の誕生』は、複雑な神学論議を背景にした高度に専門的著作だが、先頃翻訳された『中世とは何か』は、より広い視野から中世の特質を鋭く説いた一般向けの好著で、インタヴューに基いているだけに、きわめて読み易い。何よりも中世をひとつの文明世界、それも「西洋」のみの文明世界として捉えてそのさまざまな局面を多角的に論じている点は刺激的であり、今日の西欧世界を理解するためにも見逃せないものであろう。
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