書評
『夫婦の散歩道』(河出書房新社)
胸に染みこむ淡々とした語り口
著者にはすでに、夫君吉村昭の凄絶(せいぜつ)な闘病生活と、それを支えた家族の痛切な記録、『紅梅』がある。これは、小説の形で書かれた作品だが、本書はエッセイのせいか、筆の運びはだいぶ落ち着いている。9割以上が、吉村昭の死(2006年)以降に書かれたものである。文学に志した青春期に始まり、夫の死を含む近年までの思い出が、あくまで感情を抑えた筆致で、さりげなく綴(つづ)られていく。随所に、吉村の影が立ち現れるのが、まことになつかしく、そして切ない。妻として夫として、さらに作家同士としての共同生活は、かくも厳しく、かくも温かいものであったのか。それをあらためて、思い知らされる。淡々とした語り口だけに、かえって深く胸に染み込む。
評者はこの世代の作家に、今の作家を超える熱気、志の高さのようなものを、強く感じる。夫君のエッセイ、『東京の下町』『私の文学漂流』などを併読することで、より興趣がわくことを請け合う。
朝日新聞 2013年2月17日
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