書評
『屍者の帝国』(河出書房新社)
親友の絶筆を書き継ぐ合作長編
2007年6月、『虐殺器官』で鮮烈なデビューを飾った伊藤計劃(けいかく)は、09年3月20日、34歳の若さで病没した。活動期間はわずか2年足らずだが、彼の作品は日本SFの歴史を大きく変えた。生前最後の長編『ハーモニー』は、没後、日本SF大賞はじめ数々の賞に輝き、英訳版は米国のフィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞した。『屍者(ししゃ)の帝国』は、その伊藤計劃が死の直前まで病床で取り組んでいた第4長編。遺(のこ)された22ページ分の原稿を、デビュー前から親交の深かった芥川賞作家・円城塔が書き継ぎ、3年余の歳月を費やして、ついに460ページの合作長編が完成した。
小説の背景は、ヴィクター・フランケンシュタインが開発した死体蘇生術をもとに、疑似霊素をインストールすることで死者を労働力および兵力として活用する技術が一般化した19世紀末。主人公の“わたし”は(ホームズと出会う前の)若き医学生ジョン・H・ワトソン。ヴァン・ヘルシング教授の仲介で英首相直属の諜報(ちょうほう)機関と接触したワトソンは、スパイとして戦時下のアフガニスタンに潜入する任務を与えられる。
と、ここまでが伊藤計劃によるプロローグ。以後、物語は英国を離れ、世界を股にかけた波瀾(はらん)万丈の冒険が幕を開ける。リットン卿やアレクセイ・カラマーゾフなど、歴史上の人物と虚構の人物が入り乱れる改変歴史エンターテインメントとしても抜群に面白いが、それだけではない。意識とは何かという問題をめぐる本格SFとしても、物語を語るのはだれかという問題をめぐる文学作品としてもスリル満点。円城塔は、自分が書くパート(小説全体の95パーセント)の記述者として、通訳兼記録係の屍者フライデーをワトソンに同行させる。死者(伊藤計劃)が遺した物語を生者(円城塔)が語る一方、作中では、生者(ワトソン)の物語を死者(フライデー)が記録するわけだ。物語の陰にずっと隠れていたフライデーが最後に目を開く場面は切なくも美しい。
作家の肉体は滅びても、その精神(=物語)は生き続ける。小説の力で伊藤計劃という存在を見事に甦(よみがえ)らせた、史上空前のプロジェクト。その成功を心から称(たた)えたい。
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