書評
『チャイルド・オブ・ゴッド』(早川書房)
1933年生まれのコーマック・マッカーシーは、現代アメリカ文学を代表する巨匠。最近の2作、『血と暴力の国』(映画版の邦題は「ノーカントリー」)と『ザ・ロード』が立て続けに映画化され、ようやく日本でもその名が知られてきた。この7月に邦訳が出た『チャイルド・オブ・ゴッド』は、そのマッカーシーが1973年に発表した初期の代表作。
時は1960年代。舞台はテネシー州の東部、アパラチア山脈の山間部。主人公の貧乏な白人青年、レスター・バラードは、父親の死後、持ち前の粗暴な性格とコミュニケーション障害のせいで周囲から孤立し、ひとりで暮らしている。
やがて、差し押さえで自宅を失い、うち捨てられた掘っ立て小屋に移り住んだバラードは、ある日、若いカップルの死体が乗った車を山中で発見。それをきっかけに、ついに一線を越えてしまう……。
40年も前に書かれた小説だが、いま本書を読む日本の読者は、今年7月に起きた山口連続殺人放火事件を否応(いやおう)なく思い出すだろう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2013年8月)。
冒頭、バラードは、〈おそらくあなたによく似た神の子だ〉と形容される。ごく平凡な男がなぜ唾棄すべき連続殺人犯となったのか。父親の自殺さえなければ、自宅を失うことさえなければ、あるいはコミュニケーション能力がもう少し高ければ、彼はライフルの名手として近隣の住民から尊敬される男になっていたかもしれない。
しかし、マッカーシーの筆はそうした感傷を一切交えず、極限まで切り詰めた鋭利な文章で、背景となるヒルビリー(山間部住民)の生活を描いてゆく。たとえば、
こうした環境で暮らす“神の子”の物語は、しだいに、ほとんど神話のように(あるいは旧約聖書の一挿話のように)見えてくる。特殊を突き詰めて普遍に到達した犯罪小説の傑作。長編としては短いが、ずっしりと重い。
時は1960年代。舞台はテネシー州の東部、アパラチア山脈の山間部。主人公の貧乏な白人青年、レスター・バラードは、父親の死後、持ち前の粗暴な性格とコミュニケーション障害のせいで周囲から孤立し、ひとりで暮らしている。
やがて、差し押さえで自宅を失い、うち捨てられた掘っ立て小屋に移り住んだバラードは、ある日、若いカップルの死体が乗った車を山中で発見。それをきっかけに、ついに一線を越えてしまう……。
40年も前に書かれた小説だが、いま本書を読む日本の読者は、今年7月に起きた山口連続殺人放火事件を否応(いやおう)なく思い出すだろう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2013年8月)。
冒頭、バラードは、〈おそらくあなたによく似た神の子だ〉と形容される。ごく平凡な男がなぜ唾棄すべき連続殺人犯となったのか。父親の自殺さえなければ、自宅を失うことさえなければ、あるいはコミュニケーション能力がもう少し高ければ、彼はライフルの名手として近隣の住民から尊敬される男になっていたかもしれない。
しかし、マッカーシーの筆はそうした感傷を一切交えず、極限まで切り詰めた鋭利な文章で、背景となるヒルビリー(山間部住民)の生活を描いてゆく。たとえば、
廃品処理屋は妻に九人の娘をぽこぽこ産ませてゴミのなかから拾った古い医学辞典から選んだ名前をつけた。(中略)娘たちは一人また一人と妊娠した。父親は孕(はら)んだ娘を殴った。母親は泣き喚(わめ)いた
こうした環境で暮らす“神の子”の物語は、しだいに、ほとんど神話のように(あるいは旧約聖書の一挿話のように)見えてくる。特殊を突き詰めて普遍に到達した犯罪小説の傑作。長編としては短いが、ずっしりと重い。
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