書評
『それでもボクは会議で闘う――ドキュメント刑事司法改革』(岩波書店)
言葉を尽くした“戦闘”の記録
息を詰めて本書に没頭した。私たち個人個人が直面する「危機」を感じてのことだ。映画監督である周防さんが刑事裁判の現実を知ったのは、映画「それでもボクはやってない」のための取材を通じてだった。冤罪(えんざい)は、やむなく起こった“悲劇”ではなく、司法制度や組織と深く絡んでいた。その衝撃は、周防さんと刑事司法の世界との関係を抜き差しならないものにしてゆく。本書は、その関わりから生まれた希少な報告である。
日本弁護士連合会から推薦を受け、一般有識者として委員を受諾したのは、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」。ほぼ月一回、全三十回。三年にわたって議論を重ね、取りまとめたものを法務大臣に対して答申、国会での審議ののち、法律として成立をみる。メンバーは四十二名。内訳は警察、法務や裁判関係の専門家、学者、一般有識者(著者や厚労省・村木厚子さんを含む七名)。各委員の立場や思惑をふくんで交錯する発言、官僚的な取りまとめ、それらとの攻防を繰り返しながら闘った一部始終が、当事者の視点から刻明に焙(あぶ)り出されてゆく。
収録されている委員の発言は一般公開されている議事録に基づき、すべて実名だ。テーマは「取調べの録音・録画」「証拠の事前全面一括開示」「人質司法と呼ばれる勾留の実態」の三つ。いずれも、いつ何どき私たち個人が関わることになるとも限らない事案ばかりである。回を追うごと、議論の内容が緊迫感を帯びてゆくのは、一市民としてのとまどいや違和感、迷い、怒りが率直に表され、その意味合いに客観的な分析がなされているからだ。徹頭徹尾、一市民の立場を貫こうとする強い意志表明。
審議会は、落胆との闘いの場でもあったという。法律家から積極的な改革案が提示されるだろうという期待は肩すかしに終わり、警察権力の大きさを実感し、裁判官の現状認識にも絶望感を抱く。または、言葉に対するずれ。「人質司法」を議論するさい、周防さんがあえて使った言葉「想像力」は、審議会ではあからさまな反発を招く。
僕が使った「想像力」という言葉は、個別事件における被疑者の勾留要件に対してではなく、そもそも「人の自由を奪うこと」に対するものなのだ。
ただし、人は間違いを犯す。だからこそ、人が人を裁くことに対して畏れがある……周防さんの視点には、つねにこのフェアネスがある。刑事司法のありかたの反省に基づいた審議会であるはずなのに、いっこうに噛(か)み合わない議論に限界を感じ、それでも諦めず自問を繰り返す姿に、私はおなじ一市民として揺さぶられた。そして終盤、一般有識者のうち五名が一本の矢となって意見書を提出し、取り調べの全過程の可視化に向けて一歩も退かぬ対決の展開は、読者を大いに鼓舞するものだ。
刑事司法を通じて日本の現況に切り込み、当事者として内側から「可視化」してみせた周防さんの手法が光る。異色かつ画期的なノンフィクションが現れた。
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