書評
『帰国子女―新しい特権層の出現』(岩波書店)
"特権階層"の仮面をはがす
「帰国子女」は、最近の二十年間で国際化を象徴する存在として、すっかり日本社会に定着したかにみえる、しかし「帰国子女」というコトバが意味するものは、実にあいまいなのだ。そこに着目した若きイギリスの社会人類学者は、これまでの日本の「帰国子女」研究に対して、鋭い批判の眼をむける。著者によれば「帰国子女とは二〇歳以下の日本人で、片親か両親の仕事の都合でそれまでの人生で少なくとも三カ月以上海外で過ごし、日本の主流の教育制度の中で勉学を続ける青少年」と定義される。何とさまざまな子供たちが、この中に入っていることか。だが、むしろこのあいまいさゆえに、政府・文部省、マスコミ、私立学校、企業など関係する機関ごとのせめぎあいによって、「帰国子女」が他に類例をみない特権階層と化したことを、著者は明らかにする。大学の「帰国子女特別入試」しかり、企業の国際化に対応する積極的人事政策しかり。
そもそもの発端は、日本における「帰国子女」への取り組みが、「帰国子女」には必ず深刻な問題や不利益があるはずとの予断からスタートしたことにあった。そして「帰国子女」の問題性が現実よりも増幅された結果、国内の転校問題や非帰国子女にも通じる青年期に特有な問題との共通性が無視されてしまったのだ。
こうして「帰国子女」は、現実の存在から遊離して一人歩きを始める。政府・文部省は、「国際化」と「日本人らしさ」という二面的価値の維持発展のために、マスコミは差別反対キャンペーンの恰好の素材として、私立学校は生徒数減少へのビジネス的対策から、いずれも動機こそ違え、「帰国子女」を特権的地位に押し上げていく積極的役割を果たした。
全体の構成にもう一工夫ほしいが、膨大な文献調査と自身のフィールドワークとに基づく、「帰国子女」の仮面はがしの作業は、まことにスリリングと言う他はない。長島信弘、清水郷美訳。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする







































