書評
『書物について―その形而下学と形而上学』(岩波書店)
内容と形態
通常、「本についての本」とは、世の読書家たちの興味関心をさらにあおるような書物の批評的紹介か、稀覯(きこう)本を漁る愛書家たちに向けられた書誌や目録を指す。大ざっぱに言えば、前者には、読書に溺れながらさらに広い海へと乗り出していく精神の動きを助ける形而上的な側面が、後者には、物体としての書物の歴史的な価値を認め、その形態を愛するという、形而下的な側面が語られている。しかし両者からきれいに抜け落ちている要素があるのだ。つまり「書物をその物体としてのありようと、書物という形態そのものが人間の知力と想像力と情熱に訴えかけるありよう、そのふたつを交錯させて考えてゆく」という方向である。本書はこの、まだ誰も本格的に手をつけてこなかった未踏の領域に踏み込む貴重な論考だ。
書物の誕生から電子出版にいたるまでの長大な歴史を見渡しながら、決定的な意味を持つ事件としてまず著者が着目するのは、よく知られたグーテンベルクによる活版印刷の普及以上に、パピルスでつくられた巻物から羊皮紙を用いる「冊子体の綴じ本」=コデックスへの進化であり、頁の明記どころか段組も句読点もないべた書きの写本から、現在の書物とおなじ様式への、十数世紀もの時間をかけた発展の経緯である。
この変容に、巻物で記されたユダヤ教のトラーと冊子で綴じられているキリスト教の聖書、順を追い時間に拘束されながらでしか意味の摑めない音読と、中断や後戻りの可能な黙読の対比を呼び込むことで、著者はモノとしての書物の歴史が精神史といかに密接につながっているかを明らかにしてくれる。ノヴァーリス、ユゴー、マラルメ、ビュトールといった詩人、作家たちをめぐる各論の説得力も、書物が内容と形態のどちらかに還元されるのではなく、自身の思考を総合的に高めていく手段となりうることへの確信があるからこそ生まれたものだ。たっぷりした記述が少しも重さを感じさせないのは、書物への愛とその先を見つめる視線ゆえのことだろう。
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