書評
『愛別外猫雑記』(河出書房新社)
ゆがんだ正しさへの信念
近隣の野良猫たちを保護したがために都内のマンションを追い出され、千葉県S倉市に家を買ってしまった作家の、濃厚な戦いの一部始終である。登場猫たちの写真もふんだんに入ったいわば「実録」なのだが、猫好きの人々に媚(こ)びるような書き物からは遥かに遠く、まがまがしい言葉の渦と、それゆえの愛に満ちた、迫真の文章というほかないものだ。笙野頼子は、以下の三つの事柄を深く肝に銘じている点において、つねに正しい。第一に、いまの社会においては、「まっとうさ」への信頼が、強い「ゆがみ」となって自分自身にはね返ってくること。第二に、疑いようのない「まっとうさ」が、その「ゆがみ」の構図のなかでは必然的に「誤り」となってしまうこと。第三に、そうであればこそ、「ゆがんだ正しさ」とも呼ぶべきこの信念に殉ずる勇気を失うべきでないこと。
そもそも「猫好き」なる表現が、彼女をいらだたせずにはおかない。猫嫌いの家系に育って三十半ばまで餌をやったこともないと公言する人間を、たしかに愛猫家とは呼べないだろう。作家の立場は、どこまでも明快である。
私は決して猫が好きなのではありません 今まで好きになった相手がたまたま猫だっただけ それをたとえ何回繰り返したところで猫好き、と友達を種類で纏められるおぼえはない。
大切な飼い猫には去勢や不妊手術をほどこしておきながら、野良猫には餌を与えるだけで不幸な子猫を増やし、あげくうるさい汚いと罵(ののし)る自称愛猫家とも、猫全体を抽象的な概念として語る「運動」とも、彼女ははっきりした距離を保つ。私はもっぱら大切な友人のために、「友情」のために動いているのだ、と。
猫騒動とモーゼのような出東京のさなかにも、作家は厳しい仕事をこなしている。呪誼(じゅそ)と哀れみと滑稽さにあふれた筆致が、猫たちの成長をたどった頁の、初々しい戸惑いと幸福感をも高めていく。猫との「友情」は、文学との「友情」に直結しているのだ。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2001年4月1日
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