書評
『ベストセラー伝説』(新潮社)
データや根拠に頼らず思いつきと偏愛で勝負
当方、老舗出版社に10年間ほど勤めていたので、社内外の編集者の常軌を逸したあれこれを頭に備蓄している。「あの頃は良き時代だった」という昔話にひた走る出版回顧録は数知れず、そこに抗いたいと思いつつも、ある時代に通底する「やっちゃえ!」という勢い任せが機能していた光景に、憧れは募る。緻密なマーケティングによって拡大する現代のベストセラーと異なり、昭和のベストセラーは操縦不能の奇抜さに満ち溢れている。過ぎ去った時代の残臭を嗅ぎ取る名手による本書は、「夕陽の向こうに消えていった」ベストセラーを作り上げた人々の声が詰めこまれている。
『冒険王』『少年画報』『科学』『学習』『平凡パンチ』『ノストラダムスの大予言』……思いつきと偏愛の掛け合わせで膨らんだベストセラーの経緯をたどっていく。『科学』の編集長は、付録に何をつければいいのか、思いあぐねていた。そんな中、少年時代に心を捉えた、テレビがモノクロだった時代の幻灯機、そのカラー画像が頭に浮かんだ。幻灯機の付録は大ヒット。鉱物セットをつけるために鉱山に出向き、「安く売ってくれないか」と石を指さすこともあった。
ベストセラーは「空気なんだ。空気は目に見えないけど吸わないと死んじゃう」ものと、『試験にでる英単語』の著者が言う。『平凡パンチ』編集部に勤め、マガジンハウスでいくつもの雑誌を創刊させた石川次郎が「雑誌じゃなきゃ伝えられないことはまだまだあるんですよ」と言い残す。本書は『新潮45』で連載された。「生産性」という言葉を用いた粗雑な原稿で休刊になった雑誌に綴られたエピソードの数々が、雑誌の現在を問い、挑発するのは皮肉である。この苦境をどう乗り越えるのか。昔話で終わらせたくない。