書評
『大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』(エヌティティ出版)
科学が魔と化す、天才マシン時代
前著『大停滞』(2011年)で、著者は「イノベーション(技術革新)が停滞しているせいで」アメリカは「大停滞」していると主張した。その証拠に「人口当たりのイノベーション件数は1873年を境に減少に転じている」のであり、21世紀よりも「19世紀の人々のほうが重要な発明を生み出す確率が高かった」のである。19世紀末にイノベーション件数がピークアウトした時期に「電気と自動車の時代への移行が始まった」のだから、20世紀の高成長とそれに続く21世紀の「大停滞」は19世紀の発明の遺産を食いつぶしたことに原因があるという。
本書は、前著同様、説得的だ。「産業革命の核をなした主要な発明の多くは、アマチュアによるものだった」のに対して21世紀の「成熟した分野では、学ばなくてはならない知識が膨大な量にのぼるから、(略)知識を仕入れている間に、フロンティアがさらに前に進んでしまっている」。だから「大格差」はさらに広がる。
「労働市場から脱出、正確には追放されはじめた」成人男性の賃金は1969年から2009年までの間、28%も下落した。労働市場の悲惨さは景気の循環や中国など低賃金国との競争にあるのではなく、テクノロジーが「人間の労働者を代替する」からだという。
「天才的なマシンの時代」である21世紀は、機械と一緒に働ける15%の大金持ちには「胸躍る」未来であるが、それ以外の人には「恐ろしい」時代となる。それでも著者は「未来の政治の姿は奇妙に平穏な時代」だと予想する。「保守主義はますます、経済的に取り残された人々のイデオロギーになりつつある」から、知識層が予想するような「政治的革命」は起きないと著者は自信たっぷりだ。
政府は財政の制約から所得の二極化を縮めることはできず、「多くの働き手の実質賃金が下落し、新たな下層階級が出現する。それを回避する手立てはおそらく見いだせない」。その一方で遠い未来に「安価もしくは無料の娯楽がふんだんに登場し(略)ユートピアに少し似たような社会がいつか生まれるかもしれない」。ただ「それは、暗い時代の先に見える光明」だ。それまでの長くて暗い「時代に生きる私たちは覚悟を決め」ろと手厳しい。でも、マシン相手となると納得させられてしまう。
さらに合点がいったのは、「科学は『理解困難』という点で宗教や魔術に近いものになる」という指摘だ。まさにヘドリー・ブルが『国際社会論』(1977)で提唱した「新中世主義」の到来である。17世紀「科学の時代」に幕を開けた近代は、20世紀「テクノロジーの時代」が生んだPCによって引導を渡されようとしている。
朝日新聞 2014年11月09日
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