書評
『三体』(早川書房)
世界文学として読まれるべきSF
アメリカのオバマ前大統領が、ニューヨーク・タイムズ紙で書評家ミチコ・カクタニのインタビューに答えて、議会での日常を忘れさせてくれる本として挙げてから、急速に読書界でもその名を知られるようになった、中国のSF作家劉慈欣(リウ・ツーシン)による<地球往時>三部作の第一作『三体』が、ようやく邦訳された。中国での大ベストセラーが、日本でも発売直後にSFとしては記録的な売り上げを見せ、ちょっとした事件を起こしている。『三体』は、中国の文化大革命のさなか、紅衛兵たちの糾弾によってある物理学者が虐殺されるという場面で幕を開ける。その一部始終を目撃した、天体物理を専攻する娘の葉文潔(イエ・ウェンジエ)は、後に科学者になっても人類に対する希望を失い、全人類の滅亡を願っていた。そしてあるとき彼女は、人類の史上で初めて、異星文明からのメッセージを受信する……。
読めばわかるとおり、これはSFの古典的なテーマであるファースト・コンタクトもの、そして地球の破滅が近づくという終末ものに属する、ほとんど懐かしいとも言えそうなハードSFであり、その意味では驚きはない。しかし驚かされるのは、中国の新進作家がエンターテインメント小説の作法にここまで習熟していることで、この枠組みの中にありとあらゆる趣向をぶちこもうとする、その徹底したサービスぶりは尋常ではない。その点で、この作品は単に中国産のSFというだけにとどまらず、世界文学として読まれる資格を備えている。
作者である劉慈欣の美点と思われるのは、マクロなものとミクロなものに対する想像力である。マクロなものとは、もちろん、地球の外に広がる果てしない宇宙であり、ミクロなものとはナノテクの技術である。この両者が出会う場所は、小説の中に出てくる「三体」というゲームを通してプレーヤーの脳内に生成される、人類の破滅と再生を描き出したヴァーチャル・リアリティであり、陽子をスパコンに変えた「智子」(ソフォン)という秀逸なアイデアだ。
そしてここにあるのは、真理の探究への純粋な思いと、それとは裏腹になった、先進的な科学がもたらすはずの理想の世界に対する幻滅だ。科学も、文化大革命のエピソードに見られるように、権力闘争の場になることを免れず、未来に起こる異星からの襲来までのカウントダウンが始まっても、人類の文明に絶望した知的エリートたちは派閥の抗争を繰り返す。終末もののSFでは、世界の終焉(しゅうえん)を前にして、それに抗(あらが)う普通の一市民が描かれるのが常道だが、この作品に登場するのは超一流の科学者たちと役人、軍人、財界人ばかりである。オバマ前大統領も正しく指摘するように、普通の小説に見られるような人物造形の掘り下げを求めることはできない(登場する異星人も、はるかに優れた知性を持っているくせに、あまりにも地球人そっくりなのは興ざめだが、それはご愛嬌(あいきょう)というものだろう)。その代わりに、ここで描かれるのは宇宙の運命であり、そのマクロな視点からすれば、狭い世界でいがみ合う人類の愚かさが際立って映る。
『三体』は三部作の第一作であり、残る二冊も翻訳が予定されている。夢中になって本書を読んだ読者は、早く続きを読みたいだろうが、わたしはこの際に『紅楼夢』や『金瓶梅』といった中国古典の大きな世界に遊びながら、ゆっくりと地球の破滅の到来を待つことにしたい。
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