書評
『ぶたのぶたじろうさんは、あらしのうみにおそわれました。』(クレヨンハウス)
「みちくさ」って楽しいね
眠る前に、お話を一つ二つ読むのが息子との習慣だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2009年)。寝ついたら、そーっと起きだし、一つ二つ仕事を片づけるのだが、それが三つ四つ五つと溜まっていると、こちらの気持ちにも余裕がなくなってくる。つい先日も、短いお話をさっさと読んで、はいおしまい、と電気を消そうとしたら、息子は不満げな顔で、こう言った。「おかあさん、いまのは時間かせぎでしょ」日本語の使い方としては、ちょっとヘンだが、要するに、こちらのおざなりな態度を責めているらしい。
「なによ、そういうのを言いがかりっていうんだから」――早く寝てほしい時に限ってもう、めんどくさいなあと、つい声を荒らげてしまう。
「たくみんは、ちがうお話がよかった」
「なに? じゃあ、なにがよかったか言ってよ」
「……ぶたのぶたじろうさん」
ぶたのぶたじろうさんは、最近お気に入りのシリーズだ。それにしても、なんて肩の力が抜けるタイトルだろうか。なごむ。タイトルだけで、なごむ。
じゃあ、ひとつだけね、とこちらも態度を軟化させ、息子のリクエストで『ぶたのぶたじろうさんは、あらしのうみにおそわれました。』所収の「まけずぎらいのヒョウ」を読むことにした。
のんのこやまに、のんびり向かうぶたじろうさん。まけずぎらいのヒョウは、早く着くことだけを考え、ぶたじろうさんを追い越してゆく。頂上で得意げに待っていたヒョウに、ぶたじろうさんは「みちくさ」の楽しさを語る……。
ユーモアと詩的感覚に満ちた文章を、ゆっくり声に出して読んでいると、先ほどまでのせかせかした気分が、すーっと消えていった。なんだかぶたじろうさんに「目的地まで、急げばいいってもんじゃないですよ、おかあさん」と、囁かれているような気さえする。まさか息子も、それを狙って選んだわけではないだろうが、心にしみる一話だった。
ぶたじろうさんの魅力は、この「のんびり感」だけではない。時にはシュールな話も展開するのだが、それをすとんと伝えてしまうマジックのような日本語が、おもしろくてたまらない。
「そのときです。ぶたじろうさんがおしりから、かわいいうたをながしたのは」
「きがつくと……、ぶたのぶたじろうさんは、どんばらぶたのすけになっていました」
おならや食べ過ぎが、こんな表現で、さらっと書かれている。スズキコージさんの絵も素敵だ。お話の不思議さや怖さや温もりを、無限に閉じ込めて、見飽きることがない。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2009年9月24日
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