書評
『ラストラン』(徳間書店)
どの一編にも微妙な韜晦、多彩な趣向の短編集
短編小説集には独特な味わいがある。つれづれの読書にふさわしい。一つを読み終え、次は――どんな趣向かな――
多彩であることが望ましい。 『ラストラン』には10の作品が収められているが、どの一編にも微妙な韜晦(とうかい)があって、それがこの作家の持ち味だ。
――これって、どういうストーリーなんだ――
迷わされることも多いが、読み返すと、おおむねわかる。書いてないことがとても大切なのだ。
状況の描写はつねに入念で、的確だ。それを楽しむうちに謎を感じ、謎が明らかになっても解答が明確に示されるわけではない。読者は想像し、それがおもしろい。
第一話「A列車で行こう」では夜のスナックが手際よく描かれている。そこに出入りするいろんな男たち、その会話。ヒロインはこの町がきらいらしいが、何を好んでこんな酒場で働いているのか。最後の数ページでドラマは一転し、ヒロインの陰の部分と切実な心情が浮かびあがる。ほかの登場人物のパーソナリティーも見え隠れする。それでもわからない部分が残る。そこは読者がご自由に想像して……という趣向なのだ。
「見返り桜」では本社の敏腕な役員が地方工場を円満に閉鎖するために訪ねてくる。いくつかのトラブルが描かれ、
――ありうることだな――
と納得するうちに、
「えっ」
べつなストーリーを思いめぐらさずにはいられない。
最後の「ぼくにしか見えない」は、タイトル通りの内容なのだが、綴(つづ)られているのは、中堅サラリーマンの厳しい現実と挑戦。それを慰めるように飛び込んできた古風な娘への慕情。
――この恋、どうなるの――
と胸を弾ませたとたん、
――この主人公のケース、他人事(ひとごと)じゃないぞ――
幻想小説のような、サラリーマン残酷物語のような……一筋縄ではいかない。
タイトルの「ラストラン」はなんの謂(いい)なのか。どこへ逃げて行くのだろうか。
朝日新聞 2009年5月24日
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