書評
『アテネ 最期の輝き』(岩波書店)
アレクサンドロスの陰で花開く都市
古代ギリシャの知恵は現代に直結している。そこが他の古代文明とちがう。ギリシャ古典劇は今でもそのまま公演されているし、哲学は生きた英知として親しまれている。そして民主主義だ。この淵源(えんげん)が古代ギリシャにあったことはよく知られている。本書は直接民主政治のすさまじさを語りながら……まったくの話、激しい論争のすえ排除されれば追放か死刑のうきめ、命がけの論客たちのエピソードを伝えて多彩である。
BC338年カイロネイアの戦いがあった。これはアテネやテーベなどギリシャの都市国家連合軍がマケドニアのフィリポス2世王と干戈(かんか)を交えて敗れた戦だった。テーベは過酷な支配にあえぎ、アテネはなぜか優遇され、快い小康状態が続いた。フィリポス王が暗殺され、アレクサンドロス大王の時代になってもこの状態は続き、大王の早世の後、あとめを争ったアンティパトロスの登場まで大きく変わることはなかった。
カイロネイアの戦い以前からアテネには親マケドニア派と反マケドニア派があって争っていたのだが、小康の時代に入ると、こういう争いから離れて(圧倒的な支配の下ではそんな争いは無意味となり)アテネは民主政治の最期の輝きを享受した、というのが本書の主張である。
従来のヨーロッパ古代史が、カイロネイアの敗北でアテネの繁栄が終わり、アレクサンドロスの東征から一気にヘレニズムが地中海沿岸を覆ったと見るのに対し、これはそのあいまに十数年間ほど注目すべき情況があった、という内容だ。古代ギリシャ随一の雄弁家デモステネスの活躍と沈黙と影響、その他の雄弁家たち、良識家フォキオンの立場など、散逸した史料のすきまを埋めながら新しい考えを示して説得力がある。
学術的な著述だが、なにをどう語るか、筋道があらかじめ提示されているのでわかりやすい。最期の輝きに至る部分が詳説され、輝きそのものの説明が足りないようにも思った。
ともあれ強国のお目こぼしの下での民主政治、他人事(ひとごと)ではない。
朝日新聞 2008年5月11日
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