書評
『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)
自意識を振り払う、詩人の挑戦
初対面の人が「音楽やってます」と自己紹介したら親しみを持つけれど、「詩を書いてます」だったら一瞬、言葉に詰まるかもしれない。繊細で独りの世界にこもりがち、というのが詩人のイメージだから。本書は最年少で中原中也賞を受賞した著者の初エッセイ集。十八歳の詩人に世間は「早熟」というイメージを当てはめた。たしかに作品には十代の女性の身体感覚が鮮烈なイメージで綴られているが、現実の自分は未熟だとわかっている。不器用で、臆病で、野暮ったくて、特異な体験なんかひとつもない……。
あなたの朗読にはエロスがない、最近セックスしてる?と初対面の男性に訊かれたという話にはびっくりだが、これも詩人が傷つきやすい人種と見なされている証拠だろう。言葉が突き刺さるとわかっているから、そそられる。しかも彼女は恋愛べたで、その言葉はダブルパンチなのだ。
詩になるような「すてき」な恋愛は一つもしていないんだ。「きゅんと」することより、異性を前にオロオロすることの方が多いんだ。
若さゆえの自意識と、世間に流布する「詩人キャラ」がもたらす自意識という、二枚重ねの不自由を振り払うこと。いまの自分にはそれが必須だと痛感し、慣れ親しんだ詩作ではなく、エッセイの執筆という未知の行為に挑戦したのだ。詩の世界が「自己愛に満ちた妄想世界」になりがちなのを、そこに逃避しようとする自身の弱さを充分すぎるほどわかっているのである。
自分のことを書くのは簡単なようでいて、むずかしいものだ。ダメな「私」を書けば書くほど自己愛に傾いてしまう。反省文でもなく、自己肯定文でもなく、未来の自分にむけての応援文にできるかどうか。本書の尊さはそこにある。エッセイなんて「挑戦不可能」と思い込んでいたゆえに、言葉の端々に緊張感がほとばしりでる。
朝日新聞 2016年11月6日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする








































