書評
『優しい鬼』(朝日新聞出版)
人生をつなぐ静かな声が流れる
アメリカの作家は、自分のヴォイスが見つかるまで書き出せなかったという言い方をよくする。文体ではなくて、声。これが何なのか気になっていたが、本書を読んで目先が明るくなった。物語の底をたしかな声が流れている。その声のトーンと波動に導かれ、超現実的な気配の漂う世界へと引き込まれていく。奴隷制が存在した南北戦争以前のケンタッキーが舞台だ。14歳でジニー・ランカスターはある男の家に後妻に入る。聞いていた話とちがってそこは「鬼たちの住む場所」で苦しみの人生が待っていた。だが時がたち、老いて動けなくなったいま、ジニーは当時を振り返って言う。「わたしも鬼のひとりだった」と。
邪悪さだけにおおわれた人はいない。ジニーの夫は横暴で独断的で、2人の奴隷娘を手込めにしているが、歌う声は美しく「ひとの背中から皮をはいでべつのひとの背中にはりつける力があった」。奴隷娘たちは新しい家に慣れるようジニーを助けたが、夫と関係していると知るとジニーは彼らを虐待し、夫の死後は今度は彼らがジニーを監禁して報復する。だれもが少しずつ鬼で、少しずつ優しい。どちらか一方だけでは人生を生き抜いていけない、とでも言うように。
そして過去を振り返るいまに思うのは、互いに切りようのない糸によってつながれているという思いなのだ。
回想が甘美にすぎたり、暴露的になったり、単純な因果律に陥ったりしないよう、著者は時間を前後させながら、ゆっくりと、深い声で彼らに語らせる。血生臭い残虐なシーンがたくさん出てくるのに、驚くほど静かで声がよく通る。そしてその声の中から、人を暴力に向かわせるのではなく、心を鎮めさせる美しきものが立ち現れるのだ。
1度では解(わか)りにくいところがあって2度読んだ。ときには声に出して、訳文の美しさに感謝しながら。
朝日新聞 2015年12月13日
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