書評
『芸能鑑定帖』(牧野出版)
厳しさと愛を江戸前文体で
当代きっての落語・演芸の見巧者、吉川潮による演芸コラム99連発である。随所で膝を打ち留飲を下げる、めっぽう楽しい時評集に仕上がった。吉川潮の美点の第一は、目の確かさである。彼が推薦する芸人は本物であり、注文をつける芸人には本質的に足りない所がある。例えば、先ごろ正蔵を襲名した林家こぶ平。吉川は正蔵の落語に偽善を感じるという。落語とは悪を含めて人間のすべてを肯定する芸なのだ。正蔵はその本質を見誤っている。なんと厳しく、潔い落語観だろう。
第二の美点は、文章の生きのよさだ。まさに江戸前、ほめる時も、けなす時も歯に衣(きぬ)着せず、その威勢のよさが文体になっている。本書の圧巻はかつての同志・快楽亭ブラックの借金踏み倒し・使いこみ事件の顛末だが、そこでの吉川はまるで「大工調べ」の棟梁(とうりょう)だ。烈火のごとく怒りながら、その怒りを他人に見せる芸に昇華している。さすがというほかない。
美点の第三、いや、これがことの核心だが、吉川潮の書くものには愛があふれている。演芸評論は金にならず、長いつきあいが必要で、いくら芸人を愛しても見返りはない。その無償の愛が吉川潮の素なのだ
朝日新聞 2006年11月12日
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