書評

『知られざる芸能史娘義太夫: スキャンダルと文化のあいだ』(中央公論新社)

  • 2025/08/06
知られざる芸能史娘義太夫: スキャンダルと文化のあいだ / 水野 悠子
知られざる芸能史娘義太夫: スキャンダルと文化のあいだ
  • 著者:水野 悠子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(249ページ)
  • 発売日:1998-04-01
  • ISBN-10:412101412X
  • ISBN-13:978-4121014122
内容紹介:
明治青年の血をたぎらせた娘義太夫。あまりの熱狂ぶりに時の文部大臣は禁止令を出し、古くはあの遠山の金さんも三百人からの娘義太夫を捕縛したと伝えられている。悪魔と呼ぶ暴露本が出る一方… もっと読む
明治青年の血をたぎらせた娘義太夫。あまりの熱狂ぶりに時の文部大臣は禁止令を出し、古くはあの遠山の金さんも三百人からの娘義太夫を捕縛したと伝えられている。悪魔と呼ぶ暴露本が出る一方、志賀直哉は「神のごとし」と絶賛し、竹久夢二は「涙が出るほど」感動した。神か悪魔か、果たしてロマンの化身か。もてはやされ、叩かれて、今や忘れ去られようとしている江戸・東京娘義太夫二百年の栄光と濡れ衣の歴史を照射、検証する。

目次
第1章 娘義太夫 人気沸騰
第2章 人気者なればこそ
第3章 江戸にもあった娘義太夫ブーム
第4章 ブームの裏側
第5章 スター不在の時代へ
第6章 戦後50年
第7章 娘義太夫は滅びたのか

「明治の徒花」を覆す、新鮮で懸命な文化史

べーんと腹にひびく太棹(ふとざお)、肩衣(かたぎぬ)に袴の娘が「今ごろは半七さん……」とさわりを語ると、「待ってました」と声がかかる。志賀直哉、秋田雨雀、竹久夢二らがイカれ、白秋、杢太郎が詩の題材とした娘義太夫とはなにか。青年たちは「どうする連」を結成して、小屋がはねたあとは娘義太夫の乗った人力車を取り囲んで、下駄を鳴らし、自宅までついていった。

近代文芸史をひもとくとき気になる存在、娘義太夫についての最新の概説書である。といっても、この前出た本が昭和二十八年、岡田道一『明治大正女義太夫盛観物語』というのだからじつに四十五年ぶり。こちらは同時代の「追っかけ」による評判記の趣がある。本書は、大学の外国語学科を出たものの道を定めかね、二十年間、義太夫協会につとめた著者による。この成立事情が面白い。そしてインタビューをするにも、資料を集めるにも絶好のポジションをよく活かした。

著者は「明治の徒花(あだばな)」とされる娘義太夫(最近は女流義太夫、略して女義(じょぎ)という)を、江戸にまでさかのぼって探る。綾之助、京枝、東玉、小土佐、小清、呂昇らスターの芸質と略伝もある。綾之助登場の年代の確定、「どうする連」が騒いだのは明治三十年代の一時期にすぎなかったこと、明治三十三年、外山正一文相が学生の義太夫出入りを禁じたという定説の無根拠など、新発見も多い。

何より、娘義太夫に身を寄せているところがいい。書生を堕落させる、というのはお門ちがいの責任転嫁ではないか。「追っかけ」られて迷惑ではなかったか。むしろ、女の職業が少なかった時代のキャリアウーマンではなかろうか。指摘の一つ一つが新鮮だ。

たしかに「さわりで伸び上がってヨヨと首を振る。その拍子に髪に挿した簪(かんざし)がパタリと落ちる」パフォーマンスが受けたため、娘義太夫=「容姿本位で芸は二の次」「色気が売り物、品行悪し」の評判が定着した。竹本土佐広は「歌い型・簪落とし型」を受けつがないことによって初の人間国宝となった。しかし、男が作り出した義太夫に「歌い型・簪落とし型」という新しいジャンルを誕生させたともいえまいか。

美空ひばり、山口百恵、安室奈美恵まで持ち出しての、これは懸命な文化史である。
知られざる芸能史娘義太夫: スキャンダルと文化のあいだ / 水野 悠子
知られざる芸能史娘義太夫: スキャンダルと文化のあいだ
  • 著者:水野 悠子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(249ページ)
  • 発売日:1998-04-01
  • ISBN-10:412101412X
  • ISBN-13:978-4121014122
内容紹介:
明治青年の血をたぎらせた娘義太夫。あまりの熱狂ぶりに時の文部大臣は禁止令を出し、古くはあの遠山の金さんも三百人からの娘義太夫を捕縛したと伝えられている。悪魔と呼ぶ暴露本が出る一方… もっと読む
明治青年の血をたぎらせた娘義太夫。あまりの熱狂ぶりに時の文部大臣は禁止令を出し、古くはあの遠山の金さんも三百人からの娘義太夫を捕縛したと伝えられている。悪魔と呼ぶ暴露本が出る一方、志賀直哉は「神のごとし」と絶賛し、竹久夢二は「涙が出るほど」感動した。神か悪魔か、果たしてロマンの化身か。もてはやされ、叩かれて、今や忘れ去られようとしている江戸・東京娘義太夫二百年の栄光と濡れ衣の歴史を照射、検証する。

目次
第1章 娘義太夫 人気沸騰
第2章 人気者なればこそ
第3章 江戸にもあった娘義太夫ブーム
第4章 ブームの裏側
第5章 スター不在の時代へ
第6章 戦後50年
第7章 娘義太夫は滅びたのか

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1998年6月7日

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