後書き
『図説 化石の文化史: 神話、装身具、護符、そして薬まで』(原書房)
奇妙な模様や形をした化石。人は太古の昔からこの不思議な物体に魅了されつづけてきました。しかし、それがはるか遠い時代の動植物の遺骸だと、まだ誰も理解していなかった「科学のない」時代、人類は化石をなんだと思ったのでしょうか。
本書は、いわゆる化石の科学的な解説本ではありません。人類がこの不思議な自然物にいかに執着しつづけ、不可欠な存在と考えてきたか、化石と人類の驚きの物語をひもといていきます。
石器人たちは化石のついた石を手斧にして「おしゃれ」していました。
ネアンデルタール人は熱心な化石コレクターでした。
中世ヨーロッパ貴族はなんと、解毒剤として化石を「服用」していました。
魔力を宿し、心身を癒やし、持ち主に力を与え、その身を守る――化石にさまざまな価値を見出してきた人類の足跡をたどる『図説 化石の文化史』の「訳者あとがき」を抜粋して公開します。
茶褐色なので、今にしてみれば燧石(フリント)だと思しきその石は将棋の駒のかたちをしていて、大きさは手のひらにすっぽりと収まる程度、そして表面には小さな貝の化石がリベットのように浮き出ていた。削られた痕はまったくないので、残念ながら〈アシュール・ハンドアックス〉ではない。この石を手に入れてからしばらくのあいだは、にやにやしながらためつすがめつしていたことを憶えている。
化石に魅せられたことのない子どもなどいないのではないだろうか。恐竜のものではあるが、化石の発掘を疑似体験できるキットは人気を博しているし、それをさらに簡略したチョコレート(化石を模したチョコを型抜きする)も売っている。大型書店では化石の展示と販売が定期的に行われている。
この化石熱に、人類は歴史が記述される以前の太古の昔からうかされていたことを、著者のマクナマラは東西の神話や伝説、そして考古学研究に基づいて証明していく。
わたしたちの祖先が化石を装身具とし、護符とし、薬としてきた事実を明らかにしていく。
それだけではない。現生人類よりもさらに古いホモ・ネアンデルターレンシスとホモ・ハイデルベルゲンシス、さらにはホモ・エレクトゥスも化石に魅せられていたという仮説を、マクナマラはさまざまな発掘事例を列挙して立てていく。
この四種の〝ホモ〟たちが化石を収集してきた理由については確かなことはわからないし、おそらく今後も解明されることはないだろう。
それでもかまわないとわたしは思う。化石のような〝模様のある石〟に魅せられ集めるという遺伝子が、種を超えて何十万年も受け継がれていることのほうがよっぽど重要だ。
著者のケン・マクナマラは、さまざまな化石伝説が語り継がれているイングランドのサセックス生まれ。アバディーン大学で地学の優等学位を得たのちにケンブリッジ大学で古生物学の学位を取得。ケンブリッジ大ダウニング・カレッジの副学長、セジウィック地球科学博物館館長などを歴任し、現在は同カレッジ名誉フェローおよび西オーストラリア大学の非常勤教授、そして西オーストラリア州立博物館研究員。著書は多数あるが、邦訳としては『動物の発育と進化―時間がつくる生命の形』(田隅本生訳、2001年工作舎刊)がある。
学生時代、わたしは澁澤龍彦と荒俣宏にかぶれ、両氏の著書を貪(むさぼ)るように読んでいた。そんなわたしにとって、大プリニウスをはじめとしてゲスナー、トプセルといった名だたる博物学者がオンパレードの本書の翻訳は、30年近く眠っていた好奇心を目覚めさせ、さらなる知見を広げてくれる、心ときめく作業だった。
[書き手]黒木章人(翻訳家)
本書は、いわゆる化石の科学的な解説本ではありません。人類がこの不思議な自然物にいかに執着しつづけ、不可欠な存在と考えてきたか、化石と人類の驚きの物語をひもといていきます。
石器人たちは化石のついた石を手斧にして「おしゃれ」していました。
ネアンデルタール人は熱心な化石コレクターでした。
中世ヨーロッパ貴族はなんと、解毒剤として化石を「服用」していました。
魔力を宿し、心身を癒やし、持ち主に力を与え、その身を守る――化石にさまざまな価値を見出してきた人類の足跡をたどる『図説 化石の文化史』の「訳者あとがき」を抜粋して公開します。
いつから人類は化石熱に取りつかれたのか
本書の翻訳をしていてふと思い出したのだが、わたしの実家にも化石がひとつある。何歳の頃のことか忘れてしまったが(たぶん小学校低学年のときだろう)どこかの林道の脇に転がっていたものだ。茶褐色なので、今にしてみれば燧石(フリント)だと思しきその石は将棋の駒のかたちをしていて、大きさは手のひらにすっぽりと収まる程度、そして表面には小さな貝の化石がリベットのように浮き出ていた。削られた痕はまったくないので、残念ながら〈アシュール・ハンドアックス〉ではない。この石を手に入れてからしばらくのあいだは、にやにやしながらためつすがめつしていたことを憶えている。
化石に魅せられたことのない子どもなどいないのではないだろうか。恐竜のものではあるが、化石の発掘を疑似体験できるキットは人気を博しているし、それをさらに簡略したチョコレート(化石を模したチョコを型抜きする)も売っている。大型書店では化石の展示と販売が定期的に行われている。
この化石熱に、人類は歴史が記述される以前の太古の昔からうかされていたことを、著者のマクナマラは東西の神話や伝説、そして考古学研究に基づいて証明していく。
わたしたちの祖先が化石を装身具とし、護符とし、薬としてきた事実を明らかにしていく。
それだけではない。現生人類よりもさらに古いホモ・ネアンデルターレンシスとホモ・ハイデルベルゲンシス、さらにはホモ・エレクトゥスも化石に魅せられていたという仮説を、マクナマラはさまざまな発掘事例を列挙して立てていく。
この四種の〝ホモ〟たちが化石を収集してきた理由については確かなことはわからないし、おそらく今後も解明されることはないだろう。
それでもかまわないとわたしは思う。化石のような〝模様のある石〟に魅せられ集めるという遺伝子が、種を超えて何十万年も受け継がれていることのほうがよっぽど重要だ。
著者のケン・マクナマラは、さまざまな化石伝説が語り継がれているイングランドのサセックス生まれ。アバディーン大学で地学の優等学位を得たのちにケンブリッジ大学で古生物学の学位を取得。ケンブリッジ大ダウニング・カレッジの副学長、セジウィック地球科学博物館館長などを歴任し、現在は同カレッジ名誉フェローおよび西オーストラリア大学の非常勤教授、そして西オーストラリア州立博物館研究員。著書は多数あるが、邦訳としては『動物の発育と進化―時間がつくる生命の形』(田隅本生訳、2001年工作舎刊)がある。
学生時代、わたしは澁澤龍彦と荒俣宏にかぶれ、両氏の著書を貪(むさぼ)るように読んでいた。そんなわたしにとって、大プリニウスをはじめとしてゲスナー、トプセルといった名だたる博物学者がオンパレードの本書の翻訳は、30年近く眠っていた好奇心を目覚めさせ、さらなる知見を広げてくれる、心ときめく作業だった。
[書き手]黒木章人(翻訳家)
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