書評
『Op.ローズダスト 上』(文藝春秋)
テロめぐる攻防、苦い味わいの物語
福井晴敏の三年半ぶりの新作。上下巻で一一〇〇ページを軽くこえる超大作だ。そのスケールの大きさにおいて、また、国際的なテロによる日本の危機というアクチュアルな主題において、さらには、戦争をめぐって日本人ひとりひとりの生き方を問う真摯な倫理性において、村上龍の『半島を出よ』に匹敵するパワーをもった小説である。だが、村上龍のクールな描写性に比して、福井晴敏の語りは焼き切れそうに熱い。
インターネット分野に集中して投資を行い、国防産業にまで進出した「ネット財閥」の重役がたて続けに三人爆殺される。それは恐るべき正確さで計画された大規模テロの始まりだった。実行者は、防衛庁を追われた情報員・入江を中心とする「ローズダスト」と名乗る五人。その背後には北朝鮮の影が見え隠れする。
事件の解明に、防衛庁の非公開情報機関「ダイス」の丹原が乗りだす。丹原と入江のあいだには、悲劇的な過去の因縁があった……。
この物語の枠組みそのものにさほどの新味はない。だが、テロリストの非情な行動を描く精密機械のような叙述に、読者はあっというまに呑みこまれていく。それを追う捜査側の反応や警察および防衛庁の内情も息づまるリアリティーで活写される。
そして、ついに両者が激突する、お台場を舞台にしたカーチェイスから総合ショッピングセンターでの銃撃戦に至る最初のクライマックス! 世界的なレベルで見ても掛け値なしにベストクラスと断言できる密度と迫力だ。しかし、これは小説全体にとってまだ序盤戦にすぎない。ラストの戦闘場面の激烈さには誰もが唖然とすることだろう。
だがさらに重要なことは、アメリカ製の映画や冒険小説のように、テロリストが単なる悪人ではないことだ。それどころか、彼らは、平和主義だといいながら一朝有事となれば主権だ国家だと逆上し、昨日までの自分を簡単に捨てる日本人の心性と、それを利用しようとする支配層の策謀への本質的な批判者なのである。ここに、本書の深く苦い読みどころがある。
朝日新聞 2006年4月23日
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