書評

『グルーム』(文藝春秋)

  • 2025/08/14
グルーム / ジャン・ヴォートラン
グルーム
  • 著者:ジャン・ヴォートラン
  • 翻訳:高野 優
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(481ページ)
  • 発売日:2002-01-01
  • ISBN-10:4167527952
  • ISBN-13:978-4167527952
内容紹介:
フレンチ・ノワールの極北を体験せよ
妄想に生きる孤独な青年の狂気と彼を取り巻く社会の狂気を、ゴンクール賞受賞の鬼才が描く伝説の傑作サイコ・ノワール。戦慄必至。
美術教師の資格を持ちながら、荒れた学校で生徒からいじめに遭って登校拒否。母親と二人きりで暮らす一軒家で、ごっこ遊びに耽るひきこもり青年の心の闇を描いた、フランス製の傑作ノワール小説がジャン・ヴォートランの『グルーム』だ。

この小説は三つのパートで成り立っている。他者とうまくコミュニケートできないハイムの現実生活を描くパートA。それに対し、彼がなりきっている十二歳の客室係「ぼく」と、ホテルに投宿している奇矯な人物たちとのピカレスクな騒動を綴ったパートB。そして、現実世界でハイムが起こした事件を捜査する女性刑事を軸にしたパートC。パートAとBの関係が説明抜きで提示される上に、現実に存在する人物とハイムが作りだした虚構の人物の区別が判然としないまま物語がスタートするので、はじめのうちは若干読みにくさを感じるかもしれない。が、そうした虚実の境界線をあえてぼかすヴォートランのルールが了解できた途端、この異様な世界の虜になること請け合いだ。

自宅二階をホテルに見立て、ボーイごっこに夢中になっているハイム。彼の妄想が作り上げたパートBの世界は、セックスとバイオレンスの臭いに満ちていながらも、創造主の未熟な精神構造を示すかのように、映画などからの借り物のイメージの継ぎはぎに過ぎない。その滑稽さとグロテスクさがかもす、引きつった笑いが魅力だ。でも、かといってパートAとCに登場する人物たちがまともかといえば、さにあらず。ハイムの妄想の産物たちより、狂っていて暴力的で理不尽なのだ。彼らの虚偽と悪意に満ちた言動に比べると、ハイムのそれのほうが率直に見えてくるほどに。ここに、ヴォートランの世界観が反映されている。つまり「おれはくそまみれだ。おめえはくそまみれだ。みんなくそまみれだ!」ということ。いや、まったくその通り。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

グルーム / ジャン・ヴォートラン
グルーム
  • 著者:ジャン・ヴォートラン
  • 翻訳:高野 優
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(481ページ)
  • 発売日:2002-01-01
  • ISBN-10:4167527952
  • ISBN-13:978-4167527952
内容紹介:
フレンチ・ノワールの極北を体験せよ
妄想に生きる孤独な青年の狂気と彼を取り巻く社会の狂気を、ゴンクール賞受賞の鬼才が描く伝説の傑作サイコ・ノワール。戦慄必至。

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