書評
『ベルカ、吠えないのか?』(文藝春秋)
なんだよー、文藝春秋は。なんで全登場犬の系図をつけないんだよー。そういう一手間をかけるかどうかで売れ行きが変わるっちゅーにさあ。仕方ないから、自分で作っちゃいましたよ。一九四三年、アリューシャン列島のキスカ島に、日本軍によって置き去りにされた四頭の軍用犬――北海道犬の「北」と、ジャーマン・シェパードの「正勇」「勝」「エクスプロージョン」を始祖とするイヌたちの系図をさあ(ALLREVIEWS事務局注:単行本刊行時の書評)。
何の話かといえば、古川日出男の書き下ろし長篇『ベルカ、吠えないのか?』のことなんですの。で、ど―して、系図系図うるさいこといっておるかといえば、これがですね、日本軍によって見捨てられた四頭のうち、その後島に上陸してきた米軍に対し、イヌながら天晴れなバンザイ突撃によって自爆してしまう「勝」以外の三頭の血が、その後世界に散っていき、最後、一人の老人のもと集結を果たす様を描いた小説だからなんですの。どのイヌがどのイヌの血を引いていて、途中どういう血と交わってっていう、そういう流れがちゃんと頭ん中に入ってないと、半分も楽しめない作品なんですの。大森望のような記憶力抜群の人はいいけど、北上次郎みたいに自分が書いた解説の内容も忘れちゃう(『読むのが怖い!』のエピソード参考)ような人、つまリオデなんかはさあ、系図がないとお手上げなんですの。障害者に優しい社会を! わかりましたか、わかりましたね、文藝春秋は。
さて、版元の不注意でうっかり画竜点睛を欠いてしまったこの傑作がどんなお話かと申しますれば、さいぜんから挙げております三頭を遠祖として世界に種をまいていくイヌたちのクロニクルに、人類の現代史を重ね合わせるという物語になっておるのです。キーイベントは冒頭で紹介した第二次世界大戦と、朝鮮戦争(一九五〇年)、ライカ犬を乗せたスプートニク二号の打ち上げ(一九五七年)、二頭の犬を乗せ、無事帰還させたスプートニク五号の打ち上げ(一九六〇年)、アフガン戦争(一九七九年)、そしてソ連解体(一九九一年)。この合間に、ペレストロイカによって国家体制が大きく変わろうとしている時期に何ごとか画策している老人と、彼に囚われているヤクザのお嬢のエピソードをはさむという構成になっているんであります。
とはいえ、通奏低音はあくまでもイヌの吠え声。エクスプロージョンと正勇がつがって生まれたイヌの血を引きながら軍用犬にはならず、シカゴでドッグショウ用の繁殖牝犬になったシュメールが、アラスカにわたってハイブリッド化を遂げた北の子孫たちと感動的な邂逅を果たし、十八年後、シュメールが育ての親となったその北の子孫犬の流れを継ぐギターが、やはりシュメールと同系の血筋の牝犬グッドナイトに、今度は南洋の島で助けられ、またも義理の親子の契りを結ぶ。そして北の血を引く犬神と、スプートニク五号に乗っていた牝犬がつがって生まれた犬の子孫が、アフガンの戦場でギターと出会い――。
この壮大な血の流れのおもてに、ちょくちょく顔を浮かばせる老人の正体とは? 優秀な犬ばかり集め、人間を攻撃するよう訓練をほどこすその目的とは? イヌ一頭一頭の物語がひどく胸を揺さぶり、じょじょに明かされていく老人をめぐる謎が不穏な気配を漂わせます。この小説のために古川日出男が作り出した叙事詩的な語り口によって朗々と詠われる〈戦争の世紀/軍用犬の世紀/二十世紀〉のビジョンのなんと斬新なことかっ。読む前と後とでは、世界とイヌを見る目がガラリと変わってしまうはず。つまり、今年はイヌ紀元四十八年。そういうことなんであります。
【この書評が収録されている書籍】
何の話かといえば、古川日出男の書き下ろし長篇『ベルカ、吠えないのか?』のことなんですの。で、ど―して、系図系図うるさいこといっておるかといえば、これがですね、日本軍によって見捨てられた四頭のうち、その後島に上陸してきた米軍に対し、イヌながら天晴れなバンザイ突撃によって自爆してしまう「勝」以外の三頭の血が、その後世界に散っていき、最後、一人の老人のもと集結を果たす様を描いた小説だからなんですの。どのイヌがどのイヌの血を引いていて、途中どういう血と交わってっていう、そういう流れがちゃんと頭ん中に入ってないと、半分も楽しめない作品なんですの。大森望のような記憶力抜群の人はいいけど、北上次郎みたいに自分が書いた解説の内容も忘れちゃう(『読むのが怖い!』のエピソード参考)ような人、つまリオデなんかはさあ、系図がないとお手上げなんですの。障害者に優しい社会を! わかりましたか、わかりましたね、文藝春秋は。
さて、版元の不注意でうっかり画竜点睛を欠いてしまったこの傑作がどんなお話かと申しますれば、さいぜんから挙げております三頭を遠祖として世界に種をまいていくイヌたちのクロニクルに、人類の現代史を重ね合わせるという物語になっておるのです。キーイベントは冒頭で紹介した第二次世界大戦と、朝鮮戦争(一九五〇年)、ライカ犬を乗せたスプートニク二号の打ち上げ(一九五七年)、二頭の犬を乗せ、無事帰還させたスプートニク五号の打ち上げ(一九六〇年)、アフガン戦争(一九七九年)、そしてソ連解体(一九九一年)。この合間に、ペレストロイカによって国家体制が大きく変わろうとしている時期に何ごとか画策している老人と、彼に囚われているヤクザのお嬢のエピソードをはさむという構成になっているんであります。
とはいえ、通奏低音はあくまでもイヌの吠え声。エクスプロージョンと正勇がつがって生まれたイヌの血を引きながら軍用犬にはならず、シカゴでドッグショウ用の繁殖牝犬になったシュメールが、アラスカにわたってハイブリッド化を遂げた北の子孫たちと感動的な邂逅を果たし、十八年後、シュメールが育ての親となったその北の子孫犬の流れを継ぐギターが、やはりシュメールと同系の血筋の牝犬グッドナイトに、今度は南洋の島で助けられ、またも義理の親子の契りを結ぶ。そして北の血を引く犬神と、スプートニク五号に乗っていた牝犬がつがって生まれた犬の子孫が、アフガンの戦場でギターと出会い――。
この壮大な血の流れのおもてに、ちょくちょく顔を浮かばせる老人の正体とは? 優秀な犬ばかり集め、人間を攻撃するよう訓練をほどこすその目的とは? イヌ一頭一頭の物語がひどく胸を揺さぶり、じょじょに明かされていく老人をめぐる謎が不穏な気配を漂わせます。この小説のために古川日出男が作り出した叙事詩的な語り口によって朗々と詠われる〈戦争の世紀/軍用犬の世紀/二十世紀〉のビジョンのなんと斬新なことかっ。読む前と後とでは、世界とイヌを見る目がガラリと変わってしまうはず。つまり、今年はイヌ紀元四十八年。そういうことなんであります。
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