書評
『女のいえに男がひとり』(同学社)
これは「寝てしまえばこっちのもんだ」的言説で女を扱ってきた男が手痛いしっぺ返しをくらう小説だから、その手のマッチョ幻想にしがみついていたい御仁は、手に取らないほうがいいかもしれない。腹が立つだけだから。あとアキバ系の御仁も読まないほうがいい。怖くなるだけだから。
マリアは教会で香部屋係をしているハンスエゴンと長らく愛人関係にあったのだが、ある日、彼から「妻と関係を修復するための旅行に出る」と告げられる。そこでマリアは愛人を真っ裸でベッドに縛りつけて監禁。肉体的・精神的屈辱に満ちた七日間を与える。と、簡単に筋を要約すればSM猟奇ものかと期待する読者がいるかもしれないけど、これは愛の妄想をめぐる一種の憑きもの落とし譚なのだ。
「男が、そこに横たわっていた。いや、横たわっているのは、教会の香部屋係だ。なんのことはない、要するに、ちんけな香部屋男だった」。かつて愛した男がベッドに裸で縛りつけられている姿を見て、マリアはそう思う。男のしたい時に男のやり方でセックスをすることや、男の好みの服を着ることや、男の能力を支え讃えること。それらを愛だと思い、そんな関係性に依存もしてきた女が、男の本質的な姿を見つめ続けることで長年の憑きものを落とす、つまり自身の主体性や自由を回復する様を描いた小説なんである。
一方の香部屋男にとってのこの物語とは、本来自分のものではなかったもの(女から受けるセックスや才能に対する賞賛、女に対する支配力等々)をひとつずつ失うことで、己のアイデンティティまで喪失してしまう不幸なバージョンの憑きもの落とし譚なのだ。
が、疑問は残る。終章間近、マリアは屈辱感を越えて幼児退行してしまった男に向かって、「これであいこになったのよ」と言い放つのだが、愛とセックスをめぐる関係性に本当に「あいこ」なんてことがあるのだろうか。心ある男女なら誰しも突き当たるこの大問題には、残念ながら本書は答えてくれない。
【この書評が収録されている書籍】
マリアは教会で香部屋係をしているハンスエゴンと長らく愛人関係にあったのだが、ある日、彼から「妻と関係を修復するための旅行に出る」と告げられる。そこでマリアは愛人を真っ裸でベッドに縛りつけて監禁。肉体的・精神的屈辱に満ちた七日間を与える。と、簡単に筋を要約すればSM猟奇ものかと期待する読者がいるかもしれないけど、これは愛の妄想をめぐる一種の憑きもの落とし譚なのだ。
「男が、そこに横たわっていた。いや、横たわっているのは、教会の香部屋係だ。なんのことはない、要するに、ちんけな香部屋男だった」。かつて愛した男がベッドに裸で縛りつけられている姿を見て、マリアはそう思う。男のしたい時に男のやり方でセックスをすることや、男の好みの服を着ることや、男の能力を支え讃えること。それらを愛だと思い、そんな関係性に依存もしてきた女が、男の本質的な姿を見つめ続けることで長年の憑きものを落とす、つまり自身の主体性や自由を回復する様を描いた小説なんである。
一方の香部屋男にとってのこの物語とは、本来自分のものではなかったもの(女から受けるセックスや才能に対する賞賛、女に対する支配力等々)をひとつずつ失うことで、己のアイデンティティまで喪失してしまう不幸なバージョンの憑きもの落とし譚なのだ。
が、疑問は残る。終章間近、マリアは屈辱感を越えて幼児退行してしまった男に向かって、「これであいこになったのよ」と言い放つのだが、愛とセックスをめぐる関係性に本当に「あいこ」なんてことがあるのだろうか。心ある男女なら誰しも突き当たるこの大問題には、残念ながら本書は答えてくれない。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

ダカーポ(終刊) 1996年8月7日号
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