書評
『昭和怪優伝 - 帰ってきた昭和脇役名画館』(中央公論新社)
天下の怪名著
鹿島茂という人には、いつも驚かされる。本書また、一読殆ど気絶しそうに面白いのに驚いた。読み始めたら最後、いわゆる巻を置く能わずという仕儀となる。
荒木一郎、岸田森、伊藤雄之助等々、忘れ得ぬ風貌の「怪優」たちのラインナップからして興味津々だ。しかし、ただの評伝であったら興味は半減する。これらの怪優たちを肴にしながら、そのじつ鹿島茂の抱腹絶倒のウィタ・セクスアリスになっているところが出色である。
鹿島の令名は、西欧の奇籍貴書の大コレクターとして天下に轟いているけれど、少年時代に、新東宝のB級映画を網羅的に「見蒐(みあつ)めた」エロ少年であったとは!
たとえば、天知茂を論じて「ちなみに、私は、小学校三年生だった一九五八年の夏に『亡霊怪描屋敷』と二本立てで『憲兵と幽霊』を見て、あまりの怖さに画面を正視していられなかった思い出がある。とくに、海上から拾い上げられたトランクが天知茂の部屋に運ばれ、中から手が出てくる場面の恐ろしさは格別で(略)三原葉子のセミ・ヌードは見たいわ、怖い場面は見たくないわで、手で目を覆ったり外したりと、妙に忙しかったことを覚えている」と、万事この調子なのだが、それでいて「色悪」天知の存在を明晰に解釈してみせる手腕・・・ただの印象批評に留まらぬ確乎たる解析、ああ、このようなわずかの紙幅のなかでは、どうにも意を尽くさぬゆえ、読者ぜひ本書を通読されよ。
読むほどにこの傑作怪作のあれこれを見てみたくなって、私は既に幾つかのDVDを買い入れたところである。好奇心、博覧強記、そして学者としての鮮やかな解析、いやこれこそまさに「怪名著」というに相応しいものであろう。
初出メディア

初出媒体など不明
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