書評
『日露国境交渉史―領土問題にいかに取り組むか』(中央公論社)
史料でみる北方領土問題
本書を繙(ひもとく)くにあたっては、まずは巻末の「日露問領土問題の歴史に関する日本国外務省とロシア連邦外務省の共同作成資料集」に、目を通すことから始めたい。そうするとたちどころに、これは単に三十五点の歴史的史料の羅列に過ぎないとの不平不満の声が湧きおこるであろう。実はその声に対処することこそ本書執筆の意図であった。著者は、九二年日ロ双方で合意に達した画期的とも言うべき、しかし一見無味乾燥な資料集を、大きな史的文脈と細かい史実との中に位置づけ、北方領土問題を生き生きと語ることを心がける。しかしだからといって著者は、このホットな争点に対して厳密な学問的態度のみをもって迫り、諸説の単なる紹介をもって事足れりとはしない。あくまで現実に解決すべき外交問題のために、資料集をこう読むべしとの姿勢を明確にしている。その際の著者の読みは、もってまわった複雑な解釈を排し、ごく常識的な平易な解釈に徹する。下田条約や樺太千島交換条約の読みは、まさにそれだ。
さらに著者は、歴史へのイフにしばしば触れる。もしヤルタ会談に臨むルーズヴェルト大統領が、南樺太とクリール諸島に対する誤った歴史認識を是正していたら、もしサンフランシスコ講和条約において、ソ連それに日本の双方ともがそれまでとは異なった混乱した態度をとらなかったら。もし「日ソ共同宣言」の中に、「領土問題を含む」との字句が明記されていたら等々。
そして著者は、フルシチョフとブレジネフはいずれも、その権力のピーク期において日本への柔軟性を示したと説く。続くゴルバチョフは、対日関係に関する限り「新しい政治思考」から後退し、訪日のタイミングも誤ったという。“ゴルバチョフ化”が喧伝(けんでん)されるエリツィンもまた同様の道を歩むのであろうか。著者は結論として、北方領土か経済支援かではなく、北方領土も経済支援もであり、両者のダイナミックな関連が重要であることを断言している。
【新版】
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