書評
『わが家の人びと―ドヴラートフ家年代記』(成文社)
皮肉と笑いの四世代の肖像
ある人の一生を描くのに、その人の人柄や当時の状況を彷彿とさせるささやかなエピソードを軽やかな語り口でつないでいく。エピソードはちょうどロシア人お得意の皮肉とユーモア溢れる小咄のようにコンパクトで本質をついている。そのせいか語られなかった部分が読む側の心の中に自然に湧き出てきて、クッキリと鮮やかな肖像画ができていく。この小説は、著者の四代にまたがる身内の人々の一四枚のそんな肖像画から成っている。父方の祖父のイサークおじいさんは大酒のみの大食漢。食堂を経営したものの隣の酒屋の主人と仲良くなり「一年後に二人は酒屋を飲み尽くし、食堂を食べ尽くしてしま」い、折からの日露戦争ではニメートルを超える長身が皇帝の目に止まりユダヤ人としては破格の親衛隊に編入される。革命後は慎ましい職人に戻ったがスターリン時代に無実の罪で粛清される。
「その顔立ちは堂々たるものだったが、その立派さはなにやら根拠薄弱で余計なものに感じられるほどだった」という美男の父は俳優となったが祖父の粛清をきっかけに挫折し、お笑いの台本作者になる。「父は駄洒落や冗談の供給業者だった。母にはユーモアの感覚があった(この二人の間には、パン屋と飢え死にしかけた人の間のような距離があった)」。という次第で二人は著者八歳のときに離婚。元女優のアルメニア人の母は天職ともいえる校正者という仕事を探り当て育ち盛りの著者を育て上げる。
著者はレニングラード大学を成績不良で中退し、徴兵されて収容所の警備兵として勤務した後、小説を書き始めるが作品を発表する機会を当局からことごとく阻まれ、投獄などの嫌がらせを経てアメリカへの亡命を余儀なくされる。全体として、戦争と革命に揺れた激動のソ連邦史が浮かび上がってくる。と同時に「ああこんなタイプはわが一族にもいるいる」と思わせるところが随所にあるので、自分の家族の年代記を書きたくなる読者も出てくるのではないだろうか。
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