『礼物軌式』の姉妹編である『儀物軌式』
2023年度に徳川林政史研究所では、所蔵史料である『礼物軌式』を翻刻し、史料纂集古記録編の一つとして出版した。同書は、尾張徳川家から将軍家へ品物を献上するにあたって、その準備過程を彩色図を交えつつ紹介したものである。御小納戸や寄物御賄人といった贈答に関わる役職に就く尾張藩士が作成に携わり、文化13年(1816)に成立した。既に当コラムにおいて藤田英昭氏が紹介している(https://allreviews.jp/review/6411)が、各品物の詰め方、品物を包む容器の材質・大きさや紐の結び方などが図を用いて詳細に説明されている。今回刊行する『儀物軌式』も徳川林政史研究所が所蔵しており、文化14年5月に成立した。同書は尾張徳川家から武家・公家・寺社などに品物を贈る際の仕立方について記した史料である。『礼物軌式』と同様に図が豊富に含まれている。特に品物を詰める容器についての図が充実していて、どのような形状で各宛先に贈り物をしたのかイメージがしやすい。作者は『礼物軌式』と同様に御賄頭や寄物御賄人の役職にあった尾張藩士である。成立年代や作者が共通していることから、『礼物軌式』の姉妹編として位置づけることができよう。
『儀物軌式』の特徴
しかし、『礼物軌式』とは異なる特徴もいくつか見られる。第一は各巻の構成である。『礼物軌式』は、春・夏・秋・冬・附録と、おおよそ季節ごとに巻が分かれていた。一方で、『儀物軌式』は基本的に宛先ごとに巻が分かれている。全10巻のうち、各品物を贈る際の慣習や注意事項について説明している巻1を除けば、巻2は御三家・御三卿やその縁者、巻3は大名や旗本、巻4は御三家・御三卿の室・息女、巻5は尾張徳川家と姻戚関係を結んでいる大名家の室・息女、江戸城や御三家の女中、巻6・7は摂家・親王家・清花家・大臣家、巻8・9は門跡、巻10は尾張徳川家とゆかりがある寺社を対象としている。そのため、同じ品物の仕立方が複数の巻で紹介されている場合がある。各巻の記述を比較することで、同じ品物であっても宛先に応じて仕立方が微妙に異なっていることがわかる。たとえば、尾張の産物として名高い宮重大根は、巻2~5、8・9で紹介されているが、そのうち巻4の記述(148~149頁)に注目してみよう。『儀物軌式』によると、淑姫(徳川家斉女、尾張徳川家当主徳川斉朝室)には10本、峯姫(徳川家斉女、水戸徳川家当主徳川斉脩室)には7本、他の対象者には5本の宮重大根を贈るように定められていた。さらに淑姫には「無類」、つまり最上級の宮重大根を贈ることになっていた。また、宮重大根を縛る紐の材質にも違いがあり、淑姫と峯姫には紅白の水引、それ以外には紺色の苧縄を結ぶことになっていた(本書口絵参照)。宛先ごとに大根の本数や質、付属品の材質も明確に区別されていたことがわかる。
ここでも宮重大根を例にすると、まず、巻2では、一橋治済(徳川家斉の実父)や田安斉匡などに対して、11月~12月に定例もしくは季節の見舞いとして贈っている。巻3では、老中や御側御用人といった幕閣に宛てて11月に定例として、坊主衆には冬の時期に贈ったと記されている。巻4や巻5においても、淑姫・峯姫や江戸城の女中に「寒中」の定例として贈ったと記述がある。したがって、宮重大根は冬の時期に贈ることが慣例となっていたことがうかがえる。なお本書巻末に付録として、各品目の「近例書抜」の一覧を表形式でまとめている(川島孝一氏作成、265~307頁)ので、参照されたい。
本書と『礼物軌式』を併せて活用することで、江戸時代後期における尾張徳川家の贈答の実態が浮かびあがる。
[書き手]
萱田 寛也(かやた ひろや)
早稲田大学大学院研究科後期課程を経て、現在、公益財団法人徳川黎明会徳川林政史研究所研究員。