書評

『革命と内戦のロシア 1917-21〈上〉』(白水社)

  • 2025/10/11
革命と内戦のロシア 1917-21〈上〉 / アントニー・ビーヴァ―
革命と内戦のロシア 1917-21〈上〉
  • 著者:アントニー・ビーヴァ―
  • 翻訳:染谷 徹
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2025-04-27
  • ISBN-10:4560091633
  • ISBN-13:978-4560091630
内容紹介:
この恐るべき歴史は学ぶべき教訓を数多く残している。第一に、外国の戦争に介入することの危険性は誰の眼にも明らかである。介入に至るまでの雑多な動機が判断の間違いを生み、非生産的な結果… もっと読む
この恐るべき歴史は学ぶべき教訓を数多く残している。第一に、外国の戦争に介入することの危険性は誰の眼にも明らかである。介入に至るまでの雑多な動機が判断の間違いを生み、非生産的な結果を招来したのである。外国政府が白軍の側に立って介入したことは共産党の支配を弱めるどころか強化する役割を果たし、あらゆる人々の運命を不可逆的に変えてしまった。そして、全過程を通じて、男の支配する政治から最悪の被害をこうむったのは女性と子供たちだった。二月革命、十月革命、反革命派の抵抗と軍事衝突、赤軍と白軍の内戦、欧米や日本の軍事介入など、物語性と学術性を兼ね備えた決定版!参考文献・人名索引収録。

【目次】
序言
第1部 一九一二~一九一七年
第1章 自殺する欧州──一九一二~一九一六年
第2章 二月革命──一九一七年一月~三月
第3章 墜落した双頭の鷲──一九一七年二月~三月
第4章 独裁から混沌へ──一九一七年三月~四月
第5章 妊娠した寡婦──一九一七年三月~五月
第6章 ケレンスキー攻勢と七月情勢──一九一七年六月~七月
第7章 コルニーロフ──一九一七年七月~九月
第8章 十月クーデター──一九一七年九月~一一月
第9章 少年十字軍士官候補生の反撃──一九一七年一〇月~一一月
第10章 嬰児殺しとしての民主主義圧殺──一九一七年一一月~十二月
第2部 一九一八年
第11章 旧体制との訣別──一九一八年一月~二月
第12章 ブレスト・リトフスク講和──一九一七年十二月~一九一八年三月
第13章 極寒を衝いて進軍する義勇軍──一九一八年一月~三月
第14章 ドイツ軍の進撃──一九一八年三月~四月
第15章 国境付近の攻防戦──一九一八年春と夏
第16章 チェコ軍団と社会革命党(エスエル)左派の反乱──一九一八年五月~六月
第17章 赤色テロル──一九一八年夏
第18章 ヴォルガ川流域の戦闘と赤軍の進撃──一九一八年夏
第19章 ヴォルガ川流域からシベリアへの戦線移動──一九一八年秋
原注/略号/用語集

ロシア革命後の内戦

×月×日
家族人類学的に世界の農民小説を読み、トッド分類の家族類型を抽出するという連載を続けている。本番の『静かなドン』の登場とあいなったが、メイン・テーマであるロシア革命後の内戦の経過はあまりに複雑なので、参考書を探していたら、お誂え向きの本が見つかった。アントニー・ビーヴァー『革命と内戦のロシア 1917-21』上下(染谷徹訳 白水社 各三九〇〇円+税)である。

ひとことでいえば、ロシア革命を形容するのに「夢」とか「ロマン」などという言葉を冠しては絶対にいけないということが骨身に染みてわかる本である。

著者が第一に指摘するのは、内戦の苛酷さの遠因はロシアの農奴制の苛酷さにあるという事実。無慈悲な圧政に苦しむ農奴や都市の労働者は、圧政のたががゆるむ瞬間を待ちわびていたが、ロシア革命は彼らに怨念を晴らす絶好の機会を与えることになる。

第一次世界大戦中の一九一七年二月二三日のデモをきっかけに、ペトログラードのネフスキー大通りでデモ隊と騎馬警官隊の発砲によって二月革命が起こり、ブルジョワ民主派の臨時政府が成立したが、混乱はなお続いていた。

そんなときチューリッヒに亡命していたレーニンが封印列車で帰国した。帰国を促したのは、臨時政府首相のリヴォフ公とメンシェヴィキの指導者ユーリー・マルトフだった。
リヴォフ公は「ロシアを『世界で最も自由な国』にすれば国民の道徳性を向上させることができると単純に信じていた」性善説の政治家で、マルトフは反革命勢力を抑えるにはレーニンの帰国が必要と判断、スイスでドイツ側と接触することを提案した。

ではレーニンはというと、「階級の敵から支援を受けることについて些かも良心の痛みを感じなかった。さらには、プロパガンダのための資金援助をドイツ皇帝の政府から受け取ることも厭わなかった。レーニンにとっては、ボリシェヴィキによる権力奪取に役立つことなら何でも許されたのである」。

レーニンはペトログラードのボリシェヴィキ本部に到達すると、革命の中間的段階としてのブルジョワ民主主義を否定し、暴力によるソヴィエト権力の樹立を主張した。

ボリシェヴィキの幹部たちは仰天した。レーニンの話はとうてい正気の沙汰とは思えなかった。

ボリシェヴィキ単独で全面的に権力を掌握すべきだと固く決心していたレーニンは、将来実現するはずの共産主義社会の実像を明かすような間違いは犯さなかった。

テフィー[本名ナジェージダ・ロホヴィツカヤ]を何よりも驚かせたのは、レーニンが人間というものをあまり高く評価せず、個々の人間を消耗品と見なしている点だった。『人間の価値は大義実現のために必要かどうかによってのみ決まる』。

思うにロシア革命と内戦、それに続くスターリンの粛清、独ソ戦の残虐性は、すべてこのレーニンの反人道主義と徹底した利用主義に起源を持っている。

同じことをレーニンの親友ゴーリキーは一〇月革命直後の一九一七年一一月七日付の新聞『ノーヴァヤ・ジーズニ』で書いている。すなわち労働者階級を待っているのは飢餓、産業の混乱、輸送の崩壊、延々とつづく血なまぐさい無政府状態、同じように血なまぐさい反動であると指摘してから、ゴーリキーはこう結んでいるのだ。「レーニンは万能の魔術師などではなく、むしろプロレタリアートの名誉も生命も斟酌しない冷血の奇術師であることを理解すべきである」

その後の展開はゴーリキーの予想通りとなった。レーニンの暴力絶対視と冷血ぶりは一〇月革命直後からいかんなく発揮された。

ボリシェヴィキがロシア全土で権力を掌握し、維持するための唯一のチャンスは暴力を通じてすべてを白紙状態に戻し、過去に復帰する可能性を消し去ることだ、というのがレーニンの年来の信条だった。

レーニンの性質のもう一つは自分に反対する意見が出ると、それを背信、妨害として断罪することだった。ボリシェヴィキは憲法制定議会選挙で多数派となることが不可能と見るや、選挙の不正を言い立て、反ボリシェヴィキが抗議デモを組織すると苛酷に弾圧した。

だが、最もレーニンらしい決定は、都市部の深刻なパン不足はブルジョワの投機業者の責任だとして、「チェーカー(反革命、投機行為、怠業行為と戦う全ロシア非常委員会の略称)」を設立し、長官に「禁欲の怪物」のようなポーランド人の没落貴族ジェルジンスキーを任命したことだろう。

チェーカーの職員は自分たちを『革命の剣と炎』と呼んでいた。この定義は、自然的正義や生命尊重などの人間的理想よりも自分たちの大義を優先するボリシェヴィキの理想化された冷酷さを表現していた。

ジェルジンスキーはチェーカー職員に純粋な若者を希望していたが、「レーニンは現実的だった。犯罪歴のある者、殺人の経験者、精神病質者などがチェーカー組織にもぐり込むことをレーニンは覚悟していた」

チェーカー職員の過半数は非ロシア人で、なかでもラトヴィア人が多かった。レーニンの革命はユダヤ人の頭脳とラトヴィア人の銃剣のおかげだと言われたが、内戦が激化するとチェーカーのラトヴィア人部隊は最も容赦なくその任務を遂行することになる。

一九一八年があけると、ボリシェヴィキは憲法制定議会を解散させた。「開放的精神が冷酷で偏狭なボリシェヴィキに立ち向かっても勝ち目はなかったのである」。

ボリシェヴィキは、ケレンスキー内閣で廃止された死刑を反革命分子を殲滅するためと称して復活させ、対象を無限に広げていった。

翌月、レーニンは、裁判その他のいかなる司法手続きもなしに拷問し、処刑する権限をチェーカーに与えた。山のように膨大な取り扱い件数を抱えるチェーカーにとって、事件をいちいち捜査するよりも容疑者を死刑に処する方がはるかに簡単だった。チェーカー職員の労働時間は長かったが、無限の権限を握って容疑者を拷問し処刑するという仕事への応募者は後を絶たなかった。

すでに始まっていた赤軍と白軍の内戦が陰惨な皆殺しの戦いに変るのに時間はかからなかった。ロシア内戦に捕虜は存在しないのである。レーニンは「ブルジョアジーを絞め殺さなければならない。そのためには両手を自由に使えるようにしておく必要がある」として、ブレスト・リトフスク講和を急ぎ、内戦勝利に全力を注いだ。その内戦の経過を本書は詳しく追っているが、およそ戦争の歴史でこれ以上におぞましい戦史はない。しかし、この歴史を正視しないかぎり、われわれは同じ誤りをまた犯すことになるだろう。

【下巻】
革命と内戦のロシア 1917-21〈下〉 / アントニー・ビーヴァ―
革命と内戦のロシア 1917-21〈下〉
  • 著者:アントニー・ビーヴァ―
  • 翻訳:染谷 徹
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(406ページ)
  • 発売日:2025-06-01
  • ISBN-10:4560091641
  • ISBN-13:978-4560091647
内容紹介:
二月革命から、十月革命、反革命派の抵抗と軍事衝突、赤軍と白軍の内戦、欧米や日本の軍事介入、虐殺と報復の連鎖、大規模なポグロムまで、物語性と学術性を兼ね備えた決定版!戦争は国家間の… もっと読む
二月革命から、十月革命、反革命派の抵抗と軍事衝突、赤軍と白軍の内戦、欧米や日本の軍事介入、虐殺と報復の連鎖、大規模なポグロムまで、物語性と学術性を兼ね備えた決定版!
戦争は国家間の怨念、民族間の憎悪、階級間の闘争などの要素が複雑に絡み合って生ずる事象だ。ロシアでは極端な主張をする勢力が優勢となり、そのレトリックと暴力は悪循環となって亢進した。(その過程が、最終的にはヒトラーによる政権奪取と第二次世界大戦の勃発に至る。)ロシアの内戦は、中央集権主義と地方主義の対立、権威主義と自由主義の抗争などが関係し、「凝縮された世界戦争」とも言うべき戦闘だった。
この凄まじい歴史は重要な教訓を数多く残している。第一に、外国の戦争に介入することの危険性だ。介入に至るまでの雑多な動機が判断の間違いを生み、非生産的な結果を招来した。外国政府が白軍の側に立って介入したことは共産党の支配を弱めるどころか強化する役割を果たした。あらゆる人々の運命を不可逆的に変えてしまった。そして、全過程を通じて、男性の支配する政治から最悪の被害をこうむったのは女性と子供たちだった。

【目次】
第2部 一九一八年
第20章 同盟国軍の撤退──一九一八年秋~冬
第21章 バルト海地域と北部ロシア──一九一八年秋~冬
第3部 一九一九年
第22章 致命的妥協──一九一九年一月~三月
第23章 シベリア──一九一九年一月~五月
第24章 ドン地方とウクライナ──一九一九年四月~六月
第25章 ムルマンスクとアルハンゲリスク──一九一九年春と夏
第26章 シベリア──一九一九年六月~九月
第27章 バルト海沿岸の夏──一九一九年五月~八月
第28章 モスクワを目指しての進撃──一九一九年七月~一〇月
第29章 バルト海沿岸地域の予想外の展開──一九一九年秋
第30章 シベリア戦線の後退──一九一九年九月~一二月
第31章 転換点──一九一九年九月~一一月
第32章 南部戦線の後退──一九一九年一一月~一二月
第4部 一九二〇年
第33章 シベリア、氷上の攻防──一九一九年一二月~一九二〇年二月
第34章 オデッサ陥落──一九二〇年一月
第35章 白軍騎兵部隊の最後の喊声──一九二〇年一月~三月
第36章 ウランゲリ提督が白軍の指揮権を掌握し、ポーランド軍がキエフを占領する──一九二〇年春と夏
第37章 西にポーランド軍、南にウランゲリ軍──一九二〇年六月~九月
第38章 ヴィスワ川の奇跡──一九二〇年八月~九月
第39章 地獄のリヴィエラ──一九二〇年九月~一二月
第40章 希望の消滅──一九二〇年~一九二一年
結語──悪魔の弟子
謝辞/訳者あとがき
人名索引/原注/参考文献/略号/用語集/図版一覧/地図一覧

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革命と内戦のロシア 1917-21〈上〉 / アントニー・ビーヴァ―
革命と内戦のロシア 1917-21〈上〉
  • 著者:アントニー・ビーヴァ―
  • 翻訳:染谷 徹
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2025-04-27
  • ISBN-10:4560091633
  • ISBN-13:978-4560091630
内容紹介:
この恐るべき歴史は学ぶべき教訓を数多く残している。第一に、外国の戦争に介入することの危険性は誰の眼にも明らかである。介入に至るまでの雑多な動機が判断の間違いを生み、非生産的な結果… もっと読む
この恐るべき歴史は学ぶべき教訓を数多く残している。第一に、外国の戦争に介入することの危険性は誰の眼にも明らかである。介入に至るまでの雑多な動機が判断の間違いを生み、非生産的な結果を招来したのである。外国政府が白軍の側に立って介入したことは共産党の支配を弱めるどころか強化する役割を果たし、あらゆる人々の運命を不可逆的に変えてしまった。そして、全過程を通じて、男の支配する政治から最悪の被害をこうむったのは女性と子供たちだった。二月革命、十月革命、反革命派の抵抗と軍事衝突、赤軍と白軍の内戦、欧米や日本の軍事介入など、物語性と学術性を兼ね備えた決定版!参考文献・人名索引収録。

【目次】
序言
第1部 一九一二~一九一七年
第1章 自殺する欧州──一九一二~一九一六年
第2章 二月革命──一九一七年一月~三月
第3章 墜落した双頭の鷲──一九一七年二月~三月
第4章 独裁から混沌へ──一九一七年三月~四月
第5章 妊娠した寡婦──一九一七年三月~五月
第6章 ケレンスキー攻勢と七月情勢──一九一七年六月~七月
第7章 コルニーロフ──一九一七年七月~九月
第8章 十月クーデター──一九一七年九月~一一月
第9章 少年十字軍士官候補生の反撃──一九一七年一〇月~一一月
第10章 嬰児殺しとしての民主主義圧殺──一九一七年一一月~十二月
第2部 一九一八年
第11章 旧体制との訣別──一九一八年一月~二月
第12章 ブレスト・リトフスク講和──一九一七年十二月~一九一八年三月
第13章 極寒を衝いて進軍する義勇軍──一九一八年一月~三月
第14章 ドイツ軍の進撃──一九一八年三月~四月
第15章 国境付近の攻防戦──一九一八年春と夏
第16章 チェコ軍団と社会革命党(エスエル)左派の反乱──一九一八年五月~六月
第17章 赤色テロル──一九一八年夏
第18章 ヴォルガ川流域の戦闘と赤軍の進撃──一九一八年夏
第19章 ヴォルガ川流域からシベリアへの戦線移動──一九一八年秋
原注/略号/用語集

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週刊文春 2025年9月25日

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