書評
『ちょっと今から仕事やめてくる』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)
時代を象徴する簡潔な答え
主人公は社会人一年生の男。営業の仕事に疲れ、茫然自失(ぼうぜんじしつ)となり駅のホームから転落しそうなところを同級生と名乗るヤマモトという男に助けられる。やがて2人は会社帰りに飲みに行くような友だち同士になる。この出会いを通じて主人公は、過剰にストレスを与えられる仕事へのスタンスを変化させ、最終的に退職を決意する。一方で、ヤマモトの正体も気になる。彼の名でネット検索をすると同姓同名で同じ顔の男は3年前に自殺により他界していた……。本作のテーマは若者の過剰労働。現実に大手居酒屋チェーンで起きた過労自殺事件なども下敷きにしているようだ。若年層の労働問題は、この10年社会問題として俎上(そじょう)に上がり続けている。3年で辞める若者たち、ロスジェネ論、年越し派遣村、偽装請負、プレカリアート。「ブラック企業」は流行語になった。
若者の労働問題を取り上げた小説では桐野夏生『メタボラ』が思い浮かぶ。偽装請負ややりがい搾取などの社会問題を巧みに物語に取り込んでいた。それとは裏腹に、本書は軽く物足りなく感じる。主人公の仕事のつらさは伝わらないし、自殺するような状況にも思えない。心情描写は薄く、社会問題の描写のリアリティーにも欠けている。だが過剰労働という問題に対してストレートに解決策を提示するのは本書だ。非人道的な職場は辞めるべき。そして、現代の職場には心理カウンセラーがもっと活躍すべきだというシンプルなメッセージが発せられる。
小説は思索的であるべきだという考えは、古いのだろう。ストレートな方が現実に生きる若いサラリーマン層には響くし、これが売れてるということは、多くの悩める人を救っているということでもある。文学的な苦悩よりも簡潔な答え。そんな辺りが今の時代を象徴している。
朝日新聞 2015年5月24日
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