書評
『評伝 黒沢明』(毎日新聞社)
神格化の快楽というのは確かにある。美空ひばり、渥美清、長嶋茂雄といった人びとを神のように祭りあげ無批判に崇拝するのは、上等な趣味ではないが、結構楽しいものである。私も、黒澤明監督に関してはちょっとこの快楽に溺れてみたいという誘惑を感じる。
しかし『評伝黒澤明』(毎日新聞社)は全然溺れさせてはくれなかった。理知の抑えがよく利いた、しかもこまやかな情の感じられる評伝だった。熱っぽくはないが、すがすがしい。
著者は黒澤明監督よりも七歳年下。『生きる』『七人の侍』などの黒澤作品で助監督をつとめた後、『あすなろ物語』(黒澤明脚本)で監督デビューした。戦中戦後の約五年間、黒澤家の人びとは著者の家で暮らしていた。公私にわたる半世紀の交友。監督仲間では最も身近にいたと思われる人である。
さすがに映画監督。山本嘉次郎(黒澤明の師匠。なんて素敵な人柄なのだろう)と成瀬巳喜男(黒澤明とはまったく対照的な監督。なんて非凡な平凡さなんだろう)――この二人の監督のことも詳しく語られているのが面白い。特に成瀬巳喜男に関するくだり。
それとは逆にクロサワ映画では
それぞれまったく違った生理を持った、おそるべき監督二人。わくわくする。
『七人の侍』に関しては特に一章がさかれている。雨中の激闘場面では五人が骨折し、怪我人が続出した。「日常生活では、小さな弱い犬が死んだ時、嘆き悲しむクロさんが、こと映画となると『死人が出ても、しかたがない』と突っぱねる。人間とは、まことに複雑面妖なものだと思う」「クロサワ映画は、一将功成って万骨枯るというにふさわしいと思う」――。万感こめての言葉だと思った。
【この書評が収録されている書籍】
しかし『評伝黒澤明』(毎日新聞社)は全然溺れさせてはくれなかった。理知の抑えがよく利いた、しかもこまやかな情の感じられる評伝だった。熱っぽくはないが、すがすがしい。
著者は黒澤明監督よりも七歳年下。『生きる』『七人の侍』などの黒澤作品で助監督をつとめた後、『あすなろ物語』(黒澤明脚本)で監督デビューした。戦中戦後の約五年間、黒澤家の人びとは著者の家で暮らしていた。公私にわたる半世紀の交友。監督仲間では最も身近にいたと思われる人である。
さすがに映画監督。山本嘉次郎(黒澤明の師匠。なんて素敵な人柄なのだろう)と成瀬巳喜男(黒澤明とはまったく対照的な監督。なんて非凡な平凡さなんだろう)――この二人の監督のことも詳しく語られているのが面白い。特に成瀬巳喜男に関するくだり。
(成瀬組は)一カット、一カットを凝ることよりも、もっと大事なものがある。成瀬によれば、人物の心理の動きと、その持続の効果である
それとは逆にクロサワ映画では
一カット、一カットの状況表現と俳優の演技をギリギリの限度まで追いつめる
画面の隅々まで神経を配る。抜けたところがないのである――
それぞれまったく違った生理を持った、おそるべき監督二人。わくわくする。
『七人の侍』に関しては特に一章がさかれている。雨中の激闘場面では五人が骨折し、怪我人が続出した。「日常生活では、小さな弱い犬が死んだ時、嘆き悲しむクロさんが、こと映画となると『死人が出ても、しかたがない』と突っぱねる。人間とは、まことに複雑面妖なものだと思う」「クロサワ映画は、一将功成って万骨枯るというにふさわしいと思う」――。万感こめての言葉だと思った。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2000年11月19日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする










































