読書日記
ニール・ゲイマン『ネバーウェア』(インターブックス)、パット・マーフィー『ノービットの冒険』(早川書房)ほか
天才ニール・ゲイマンの傑作『ネバーウェア』日本上陸!
SFファンの高齢化はどこの国でも共通の悩みらしく、数年前の世界SF大会(ワールドコン)でも、「今時の若者をSFに誘惑するには」ってパネルがありました。オレたちの若い頃はハインラインとかのジュブナイルSFを読んで育ったのに、最近の十代はスタトレ小説しか読まず、他のSFに手を出さない。若いSF読者養成の切り札は? という質問に、会場からひと声、「ニール・ゲイマン!」たしかにゲイマンがライターをつとめる傑作コミック『サンドマン』を読んだ少年少女は活字SFに転ぶ率が高そうな気がするね。そのニール・ゲイマンが小説に舞台を移して書いた初の単独長篇、『ネバーウェア』(柳下毅一郎訳/インターブックス)★★★★☆が邦訳された。ハリポタ風の造本なんで、ゲイマンを知らない人はなんじゃこりゃと思うかもしれないが(それ以前にあんまり書店で見かけないが)、現代ロンドンの地下世界に幻想の一大迷宮を築くダークファンタジーの傑作だ。現実のロンドン(上界)と幻想のロンドン(下界)を重ね合わせる設定自体は平凡だし、プロットはRPGにありがちな探求(クエスト)譚なんだけど、ゲイマンの天才は細部に宿る。ハロッズが下界の巨大市場になってたり、大英博物館に地下鉄駅があったり、現実を歪めて魅力的な異世界を描き出す手腕は天下無双。ヒロインのドア(あらゆる扉を開く能力を持つ一族の娘)はじめ、「××氏(うじ)」と呼び合う敵側の変態殺し屋コンビなど、キャラも抜群にいい。今年の海外ファンタジー・ベストワンはこれで決まり(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2001年)。
続いてパット・マーフィー『ノービットの冒険 ゆきて帰りし物語』(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)★★★は、『ホビットの冒険』を換骨奪胎したほのぼのユーモアスペオペ。大森のお気に入りは、ゴクリならぬゴトリ。中つ国を宇宙に置き換えただけでなく、ハードSF的なくすぐりも意外と(失礼)楽しい。《指輪》ファンは文句なしに買いでしょう。ただし、心に余裕がないと、旅の途中がややまだるっこしいかもしれません。
タッド・ウィリアムズ『黄金の幻影都市1 電脳世界の罠』(野田昌宏訳/ハヤカワ文庫SF)★☆は、電脳世界冒険SF巨篇《アザーランド》の第一部を五分冊にした一冊目。まだほんの冒頭ですが、仮想世界に新味はないし、キャラの引きも弱くてわりと退屈。原書がもう第四部まで出てるってことは、全体だとウィングローヴ『チョンクオ風雲録』を凌ぐ長さ? 途中で挫折しなきゃ、五巻揃った時点でまた改めて[挫折したのであとは読んでません]。
平谷美樹『運河の果て』(角川春樹事務所)★★☆は、第一回小松左京賞受賞作『エリ・エリ』に続く著者の第三長篇。時は二九世紀初頭、舞台は火星。テラフォーミングの進展により、ローウェルの運河が実在していたことが判明。しかし原・火星人の文明は数億年前に滅び、いまは謎めいた遺跡が残されるのみ。火星考古学者のトシオは、運河めぐりの休暇旅行に出発する……。この設定は非常に魅力的だが、火星の風景はもうひとつ解像度が低く、異境小説的な魅力は乏しい。女性議員が獅子奮迅の活躍を見せる脇筋も、説明に追われて色気がないし、ラストの大ネタも、もう少し別の見せ方があったのでは。
『イツロベ』三部作の第二作となるらしい藤木稟の『テンダーワールド』(講談社)★★☆は、なんとびっくり、ガチガチの文系本格SF。ペンローズの言う「波動関数の客観的収縮」とカオス理論を強引に組み合わせたアイデアを核に、サイバーパンクばりの仮想現実世界や遺伝子ネタ、キリスト教やオカルティズムまでふんだんにぶちこみ、めくるめくトンデモSF世界を構築する。舞台は西暦二〇〇〇年あたりで歴史が分岐した未来。去勢された男女の変死体(通称エイリアン事件)をめぐるミステリとして幕を開けるが、後半の展開は要約不能。断片的に投げ出される情報が、結末でぴったり噛み合えば傑作になったのに……。
ライトノベル文庫から新シリーズ開幕篇を二冊。高畑京一郎『Hyper Hybrid Organization 01-01 運命の日』(電撃文庫)★★★は、改造人間に恋人を殺された男が、その復讐のため謎の組織に身を投じる──という、スーパーヒーロー物のSF的展開。つまり、本来これは小林泰三の『AΩ』と並べて紹介すべき本だったのに読むのが遅れてすみません。あっちがウルトラマンならこちらは仮面ライダー。ただし、正義の味方vs悪の組織ショッカーという構図じゃなくて、超科学の範疇に属する「改造人間製造技術」を有する謎の組織二つが対立する構図。キャラの担う背景がやや古典的すぎる気もするが、まずは快調な滑り出し。
三雲岳斗『ランブルフィッシュ1 新学期乱入編』(角川スニーカー文庫)★★★は、湾岸戦争時にヒト型ロボット兵器(レイド・フレーム=RF)が突如デビュー、そこから歴史が分岐した世界が舞台──なんだけど、中身は全寮制のロボット学校( 恵里谷闘騎技術専門校)の学生たちを主人公とする学園SF。日本ではRF同士の模擬戦闘が公営ギャンブルとして人気を集めているという設定で、競馬の騎手養成所みたいな感じですか(ただし、RFの設計・改造・整備まで含むので、そのへんはF1っぽい)。基本はすちゃらかスポーツコメディだから、試合場面はまるでアニメの「D4プリンセス」みたいだったり。おたく度の高さに辟易する人もいそうだが、意外といけます。
今月最後の一冊、長野まゆみの『千年王子』(河出書房新社)★★も一種の学園SF。リニューアルした《文藝》の長野まゆみ特集に一挙掲載された作品で、女性人口が激減して地上は男ばかりになってしまった未来の地球が舞台。仮想現実世界でトランスジェンダーなセックスばりばりってとこは柾悟郎『ヴィーナス・シティ』ノリだし、性交場面も山盛りですが、耽美小説としては妙に無機的。サイバースペースもここまで来たかと慨嘆しつつ以下次号。
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