書評
『宗教が往く』(マガジンハウス)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
フクスケという異様に頭のでかい人物の出生から、彼が(松尾率いる)大人計画を彷彿させるような劇団を創設し、やがてそれが宗教団体へと変貌を遂げ、テレビ局を舞台にしたテロ戦争に突入し破滅するまでを、エボラ熱よりも凶暴なヒヒ熱が蔓延する東京を背景に描く、この必死なラブストーリーは、そんな生ぬるい世界観をきっぱりと拒絶。眼前にある醜悪さや残酷さや愚かしさから目をそらさない。そういう至極まっとうな現実認識があって初めて、汚濁の底に昏く光る美しい何かや、身体を合わせれば垢がボロボロ落ちてきそうな不潔で余裕のないSEXが垣間見せるのっぴきならない愛や、その場しのぎの同情や共感からは決して生じない他者との抜き差しならぬ関わり、そういったおためごかしじゃない本物のあれやこれやが見えてくるのだ。戯曲にあって、常にその面倒臭いまっとうさを通奏低音として響かせてきた松尾スズキの処女小説だもの。処女なのになぜかイッてしまう、そういう不埒で剣呑な作品になっているに決まってるんである。
いや、あれこれブチ込みすぎという欠点はあるかもしれませんよ。けど、一見無駄に消費しているだけに思える言葉の過剰な奔流を、実は折りに触れては物語の本流に伏線という形できちんと回収している、松尾の律儀な苦心惨憺ぶりに、心ある小説読みなら感嘆の声を上げるべきでしょー。第二部最終章手前の八章で見せる、二つの出来事を並行して描きつつ、それぞれに起こるエピソードに共時性をもたせた語りの創意、その処女とはとても思えないテクニシャンぶりによがり声を上げるべきでしょー。ドストエフスキー『白痴』をはじめとする聖なる愚者の物語の系譜に連なるばかりか、語り手の人称問題にまつわる考察を実作によって達成した実験小説ですらある、卓越した言語センスと思考回路を有したこの力作を、わたしは全面的に支持したいんである。で、三島賞はどうかな? この傑作を果たして”読める”かな? 候補にできるかな?
[後記=結局、できなかったのであった。鳴呼……]
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
処女なのになぜかイッてしまう、不埒で剣呑な傑作
さて……。中篇小説といって通るくらい長い私小説風恋愛譚が前置きにあって、なっかなか本篇に入っていかない、松尾スズキの長篇小説『宗教が往く』なんですけどね。きれいなものしか見たくない、心癒される話しか聞きたくない、盲導犬クイールが死なない物語が読みたい、世界の中心でヨンジュンシ~と叫んでみたい、田中を蹴りたい、心に刀を育てながら、とか思っておられる方には、とてもおすすめできる作品じゃないんですよ、遺憾ながら。フクスケという異様に頭のでかい人物の出生から、彼が(松尾率いる)大人計画を彷彿させるような劇団を創設し、やがてそれが宗教団体へと変貌を遂げ、テレビ局を舞台にしたテロ戦争に突入し破滅するまでを、エボラ熱よりも凶暴なヒヒ熱が蔓延する東京を背景に描く、この必死なラブストーリーは、そんな生ぬるい世界観をきっぱりと拒絶。眼前にある醜悪さや残酷さや愚かしさから目をそらさない。そういう至極まっとうな現実認識があって初めて、汚濁の底に昏く光る美しい何かや、身体を合わせれば垢がボロボロ落ちてきそうな不潔で余裕のないSEXが垣間見せるのっぴきならない愛や、その場しのぎの同情や共感からは決して生じない他者との抜き差しならぬ関わり、そういったおためごかしじゃない本物のあれやこれやが見えてくるのだ。戯曲にあって、常にその面倒臭いまっとうさを通奏低音として響かせてきた松尾スズキの処女小説だもの。処女なのになぜかイッてしまう、そういう不埒で剣呑な作品になっているに決まってるんである。
いや、あれこれブチ込みすぎという欠点はあるかもしれませんよ。けど、一見無駄に消費しているだけに思える言葉の過剰な奔流を、実は折りに触れては物語の本流に伏線という形できちんと回収している、松尾の律儀な苦心惨憺ぶりに、心ある小説読みなら感嘆の声を上げるべきでしょー。第二部最終章手前の八章で見せる、二つの出来事を並行して描きつつ、それぞれに起こるエピソードに共時性をもたせた語りの創意、その処女とはとても思えないテクニシャンぶりによがり声を上げるべきでしょー。ドストエフスキー『白痴』をはじめとする聖なる愚者の物語の系譜に連なるばかりか、語り手の人称問題にまつわる考察を実作によって達成した実験小説ですらある、卓越した言語センスと思考回路を有したこの力作を、わたしは全面的に支持したいんである。で、三島賞はどうかな? この傑作を果たして”読める”かな? 候補にできるかな?
[後記=結局、できなかったのであった。鳴呼……]
【文庫版】
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