書評
『辻まことの思い出』(みすず書房)
内職という天職
どんなに読みやすくとも、心に残る言葉はつねに破格である。格があってそれをずらすのではなく、最初から格を超えてしまう柔軟さと、四方八方から引っ張られても裂かれることのない撓(しな)りや強さがある。辻まことがさりげなく発し、気取らず書き留めた言葉は、そうした本質的な破格に満ちあふれ、読む者にたえずあらたな思考をうながす。挿画家、漫画家、商業デザイナー、スキーヤー、ギタリスト、登山家、詩人、ジャーナリスト。あらゆる方面で水準以上の仕事を残しながら定職につかなかった辻まことは、晩年、著者に「そういえば僕は一生内職しかしたことがないな」と洩らしたという。本来、内職とは本職があってはじめて成り立つ言葉であるはずだ。辻まことは、格をはずれても単独で響きうる表現を、自然に生きてしまう人だった。
著者はこの稀有な友人から、多大な影響をうけた。よく寝かせた思念を硬い言葉の鑿(のみ)で彫りだしていく氏の丹念な仕事に匹敵するものを、友人はわずか数行でまとめてしまう。そんな才能に対する新鮮な驚きと畏敬、人柄への思慕が、語りかけるような回想の書を生んだ。
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