書評
『ナポレオン伝説の形成―フランス19世紀美術のもう一つの顔』(筑摩書房)
かつて歴史画には一定の了解事項のようなものがあって、描く側も眺める側もこの規則を踏まえた上で制作や鑑賞をおこなっていた。たとえばルイ十四世の栄光をたたえる絵画の場合、画家は同時代の事件を同時代の道具立てで描くのではなく、太陽王をギリシャ神話や古代の英雄になぞらえて表現していた。
この了解事項は、ナポレオンの登場によって廃棄されることになる。というのも、ナポレオンは、「彼の軍事的栄誉、政治的卓越を、堂々と、しかもわかりやすく描きだした絵」しか望まなかったからだ。その結果、歴史画はナポレオンの生涯を描く、同時代的なものへと変わったが、同時に、プロパガンダとしての性質を帯びることとなった。というのも発注者であるナポレオンの意志と、その意を汲んで彼の偉大さをアピールしようとする画家の表現努力が手を取り合って、きわめてイデオロギー的な記号性を含んだ絵画を生み出したからである。本書は歴史的事件のありのままの記録として理解されているナポレオン絵画が、実は国家的プロパガンダ絵画であったことを例証したものである。
たとえば、ダヴィッドの有名な『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』では、「軍勢はほんの一部が遠景に描かれているのみであるところから、執政官が鼓舞しているのが軍隊ではなく、鑑賞者、すなわちフランス人民と想定されている」という。
また、グロの『ヤッファのペスト患者を見舞うボナパルト』では、ナポレオンの姿を「癒(いや)しの奇跡」を行う絶対者に重ね合わせることで、「はるかな東方世界であたかも神のごとく君臨する」ナポレオンの神話化が企てられている。
第二部では、ナポレオン死後の「崇拝の視覚化」が論じられているが、歴史画を「時と場所を背景に担う社会的記号」とする著者の分析はここでも冴えわたり、絵画によるナポレオン伝説の形成過程が跡づけられている。新しい絵画の見方を教えてくれる好著である。
【この書評が収録されている書籍】
この了解事項は、ナポレオンの登場によって廃棄されることになる。というのも、ナポレオンは、「彼の軍事的栄誉、政治的卓越を、堂々と、しかもわかりやすく描きだした絵」しか望まなかったからだ。その結果、歴史画はナポレオンの生涯を描く、同時代的なものへと変わったが、同時に、プロパガンダとしての性質を帯びることとなった。というのも発注者であるナポレオンの意志と、その意を汲んで彼の偉大さをアピールしようとする画家の表現努力が手を取り合って、きわめてイデオロギー的な記号性を含んだ絵画を生み出したからである。本書は歴史的事件のありのままの記録として理解されているナポレオン絵画が、実は国家的プロパガンダ絵画であったことを例証したものである。
たとえば、ダヴィッドの有名な『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』では、「軍勢はほんの一部が遠景に描かれているのみであるところから、執政官が鼓舞しているのが軍隊ではなく、鑑賞者、すなわちフランス人民と想定されている」という。
また、グロの『ヤッファのペスト患者を見舞うボナパルト』では、ナポレオンの姿を「癒(いや)しの奇跡」を行う絶対者に重ね合わせることで、「はるかな東方世界であたかも神のごとく君臨する」ナポレオンの神話化が企てられている。
第二部では、ナポレオン死後の「崇拝の視覚化」が論じられているが、歴史画を「時と場所を背景に担う社会的記号」とする著者の分析はここでも冴えわたり、絵画によるナポレオン伝説の形成過程が跡づけられている。新しい絵画の見方を教えてくれる好著である。
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