美術展評
『「怖い絵」展 公式図録』(産経新聞社)
「怖い絵」展 上野の森美術館(東京・上野、2017/10/7~2017/12/17)
視覚的な怖さだけでなく、時代背景を知ることで絵の持つ恐怖を読み解く展覧会です。様々な恐怖が描かれていますが、突き詰めれば、生から死へと移行する瞬間の恐怖、これに勝るものはないと思います。処刑直前の女王、一瞬前まで生きていた屍(しかばね)……。人が戦慄(せんりつ)し魅了されるのは、そこにだれをも引きつける「タナトス(死への衝動)」とエロスがあるからです。「チャールズ1世の幸福だった日々」は、この展覧会の神髄が表れていると思いました。舟遊びを楽しんでいるのはイングランド王チャールズ1世とその家族。なぜか彼らだけがほほえみ、こぎ手や従者は陰鬱(いんうつ)な表情です。王の左後ろで銀の食器を差し出す人物は冷めた目線をこちらに投げかけ、何事か語りかけるよう。実は、王は議会と衝突し、処刑される運命にあります。後に訪れる暗い現実を断ち切って、明るい部分だけを描いている。背景を知ることで見えてくる「闇」が怖い。
「ジン横丁」にも死のにおいが漂います。泥酔した母親は赤ん坊が転落するのに気づかず、手前の男性には死相が浮かんでいます。奥の建物は倒壊寸前、部屋の中では首をつっている人も。健康を害する安酒ジンの追放キャンペーン版画だそうですが、迫り来る死があまりにもリアルでコミカルにさえ感じられます。
西洋の絵は、モチーフに宗教的な意味やメッセージが込められていることも多く、知識が要ります。絵の背景や歴史を知れば、何十倍も楽しめるのは文学と同じです。西洋絵画の見方を教えてくれる展覧会だと思いました。(聞き手 松本由佳)
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