書評
『東京自叙伝』(集英社)
「地霊」が語る都市の根本原理
通常、私たちは東京に住んでいるという言い方をする。多くの人間が集まることで東京という都市ができているのであり、都市は人工的に構成されていると考える。小説でも、東京に住んでいる個別具体的な人間が主人公となる場合が多いだろう。しかしこの小説は違う。太田道灌が江戸城を築く前から東京には地霊が住んでいて、その地霊が人間以外の生物に乗り移っていたと考える。そして幕末からは人間にも乗り移り、現代に至るまで世代の異なる6人の身体を通して、地霊そのものが東京で起こるさまざまな出来事について語り尽くす。一応、6人には固有の氏名がついているものの、主人公はあくまでも「私」という一人称で語られる東京の地霊なのだ。
なんとも破天荒な試みと言ってよいだろう。だが、著者があえて実験的な小説を書かなければならなかった背景には、とりわけ3・11以降の東京を中心とした日本に対する強い危機感があったのではなかろうか。
その危機感は、最終章によく表れている。「私」に言わせれば、メルトダウンを起こした福島第1原発もまた東京の飛び地にほかならない。あの廃虚と化した光景は、東京の将来の陰画でもあるのだ。にもかかわらず、「私」は早くもそのことを忘れ、再びオリンピックに浮かれようとしている。その根底には、「なるようにしかならぬ」を金科玉条とする、この都市の根本原理がある。
本書を読みながら頭をかすめたのは、政治学者・丸山眞男の著作であった。具体的にいえば、イデオロギー的に限定されない「国体」の魔力を分析した『日本の思想』や、日本人の思考様式を「つぎつぎになりゆくいきほひ」という言葉で表した論文「歴史意識の『古層』」などだ。本書は、こうした学説を小説に昇華させようとする、果敢な試みともいえるのである。
朝日新聞 2014年6月22日
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