解説
『ルパンの逮捕』(くもん出版)
怪盗ルパンは今もいる
怪盗ルパンといえば、なんといってもその変装・変身が有名である。警察や探偵がもっとも信頼をおいている人物に変身して、まんまと財宝や秘密をかすめとる。ルパンが変装してだれかに化けなかった事件はひとつとしてないほどだ。この点が、ルパン・シリーズが子どもたちに人気のある秘密である。子どもたちは変装や変身が大好きなのだ。というのも、子どもというのは、いつでも、想像の中で、自分がなにかに変身している夢をみているからだ。子どもたちに人気のあるテレビドラマやアニメが、ウルトラマンや仮面ライダーから最近のセーラームーンやエヴァンゲリオンまで、すべて広い意味での「変身もの」に入るのは、このためである。
しかしルパン・シリーズのおもしろさがこの変装・変身にあるということは、いったん子どもたちが成長して大人になってしまうと、今度は現実味を欠いているということで、読まれない原因ともなる。大人になると、人間はそう簡単には変装も変身もできないということがわかってくるからだ。
しかし、本当にそうなのだろうか? 悪者が、ルパンのように変装して別の人間になりすますことは、現実の世界ではありえないのだろうか?
そんなことはない。新聞を見れば、毎日のようにルパンもどきの犯罪の記事がのっている。ただし、それはルパンのやったような胸のすくような大犯罪ではなく、詐欺だとか窃盗というつまらない犯罪の形をとる。そして、それらの記事をすこし注意して読むと、ルパンの変装・変身は現実味がないどころか、実際に、毎日のように行われていることがわかる。
ひとつ、例をあげよう。ルパンは、だれかに化ける場合、顔や姿を変える前に、まず身分を変える。たとえば、有名な博士や大学教授に化けたり、大金持ちの公爵や伯爵になりすます。これは、ルパンが、人間というものはどれほど肩書に弱いかを知っているからだ。たいていの人は、博士や公爵といった肩書を最初に出されると、あらかじめその目で人を見てしまうので、あとで考えれば変だったと思うようなことでも不審に感じないままやりすごすごとが多い。
おまけに、ルパンは、それぞれの肩書にあわせて、いかにも人が抱きそうなイメージにピッタリの変装をしてくる。ルパンが活躍した二十世紀初めのころはまだ身分差の大きな社会で、身分や職業によって、着る服や物腰、話し方などがちがっていたから、その分、変装はたやすかったのである。つまり、ルパンの変装というのは顔をメーキャップで変えるというよりも、人々がこの身分や職業の人はこんなイメージと思っているその外見をまとって現れることにある。
じつは、現代の詐欺師たちがやっていることも基本的に、このルパンの変装・変身術とかわりない。すなわち、社会的に信用のある身分・職業を詐称し、その身分・職業にあわせて自分の服装や雰囲気をつくりあげる。そうすると、ルパンのことをウソっぽいと言っていた大人たちまでが、コロリとだまされるのだ。
ルパンの手口で有名なものに、もうひとつ、すり替えというのがある。ルパンの犯行予告の手紙で、警察が宝石や名画の寝ずの番をしていると、その宝石や名画がとっくに本物とすり替えられていたというエピソードはしばしば出てくる。これは、本物だという思いこみがあると、人はなかなか偽物だと気づかないという心理をついたもので、手形や株券などの私文書偽造犯罪では、いまだにこの手口が大手を振っている。
同じように、見張りをしていた警察が電報や手紙で呼び出され、そのすきにルパンが事件の現場に入りこむというのがあるが、これも、人は文字に書かれたものは信じやすいという一面を利用したものである。
このように考えると、ルパン・シリーズはたんに子どもむけの読み物としてしまうにはいかにも惜しい、人間心理への洞察がたくさんつまった、大人のためにも役立つ本だということができる。
子どものときにしっかりとルパン・シリーズを読んでおいて、大人になっても、世の中には怪盗ルパンなどいないとあらかじめ思いこまないことが大切なのである。
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