解説
『ホメロス オデュッセイア』(岩波書店)
ナショナリストも軍人もビジネスマンも、果ては観光客までもがオデュッセウスの冒険談に自分を重ね合わせる。無数の他者たちと出会い、ちっぽけな無限を発見する旅を、劇的な帰郷で締めくくろうとする。その結末のために、彼らオデュッセウスのエピゴーネンたちは、異国にあっても、慣れ親しんだ故郷の面影を旅の寝床に重ねてしまう。この英雄叙事詩には望郷の叙事詩が隠されている。携帯用の故郷イサカはあまりに美し過ぎて二〇年に及ぶ旅の記憶など色褪せる。妻ペネロペイアは年増になってもいい女だったのか? 浮浪者も同然、故郷に帰ったオデュッセウスは、愛しい妻を寝取ろうとした男たちを、大弓を引き、片っ端から串刺しにする。旅の途上であれほど慎重で謙虚だった男も、故郷に変えれば、なんと傲慢で身勝手な男に変わるものか。彼は世界市民になるよりは、イサカに返って残虐な王となるほうを選んでしまった。しかも冥界の神々はその大量虐殺を称える。
私はオデュッセウスが嫌いだ。いっそ望郷の念をさっぱり忘れ、永遠に蓮の実を食べ続けていたい。さもなければ、いつ帰るとも知れない夫を待ちながら、求婚者たちを優雅に退け、二〇年の退屈を耐え抜いたあのペネロペイアに己を似せたい。
【この解説が収録されている書籍】
私はオデュッセウスが嫌いだ。いっそ望郷の念をさっぱり忘れ、永遠に蓮の実を食べ続けていたい。さもなければ、いつ帰るとも知れない夫を待ちながら、求婚者たちを優雅に退け、二〇年の退屈を耐え抜いたあのペネロペイアに己を似せたい。
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