書評
『郵便屋』(河出書房新社)
白いヘルメットに緑の制服、赤いバイクで町を軽快に走る郵便配達員。人々に夢を配っているようなその姿には、誰もが親しみを感じるのではないだろうか。
しかし、ここに描かれているのは、およそ一般のイメージとはかけ離れた、過酷な労働に身も心もぼろぼろになってゆく、彼らの姿である。『四万十川』で、人間の心のぬくもりを伝えてくれた著者が、今回はひんやりとした読後感を運ぶ。
本書の主人公、大久保は、セールスマンという仕事に疲れはてていたころ「街をいく郵便配達のゆったりとした動きを見ていて、この仕事なら気楽だと」思って、転職をした。
が、現実は予想をはるかに越えて、厳しかった。増え続ける郵便に、追われるような毎日。めちゃくちゃな運転をして数分を節約し、体に鞭打ち残業を重ねても、配りきれないほどの仕事量。しかも「班」という単位で配達は行われる。一人の手際が悪ければ、班の全員に迷惑がかかるという仕組みだ。
気持ちにゆとりのないとき、人は簡単に意地悪になってしまう。他人の欠点が、直接自分の仕事量にはねかえってくるとなれば、なおさらだ。その結果、配達に時間のかかる高齢者や、覚えの悪い若者は、いやみと皮肉の嵐のなかで、耐えねばならないことになる。
嵐を緩和するために、無理に無理を重ねてしまう。
肉体的・物理的に追い詰められた人間同士が、いつのまにか互いの精神を蝕みあい、そうすることによってしか今の自分を支えられないようになってゆく過程が、丁寧に丁寧に描かれてゆく。息苦しいほどの迫力で、しかも生々しい。余計なことかもしれないけれど、どうか現実の郵便配達員の世界は、こんなにひどくはありませんようにと、祈りたくなってしまった。
もちろん、こういった問題は、ひとつの世界に限られたことではないだろう。私の職場こそこうだ、と共感を持つ人も多いかもしれない。本書に描かれているのは、極めて現代的な、職場の人間関係の歪みなのだから。原因は一人の人間のなかにあるのではなく、関係が悪循環して、殺伐とした空気を生み出してしまうこと……。
大久保は、不思議なほど明るい雰囲気を持つ隣の班の人間と親しくなる。彼らとの会話のなかで得た「心の自治」という言葉。それがこの小説の提起している問題を解く、キーワードであるようだ。
【この書評が収録されている書籍】
しかし、ここに描かれているのは、およそ一般のイメージとはかけ離れた、過酷な労働に身も心もぼろぼろになってゆく、彼らの姿である。『四万十川』で、人間の心のぬくもりを伝えてくれた著者が、今回はひんやりとした読後感を運ぶ。
本書の主人公、大久保は、セールスマンという仕事に疲れはてていたころ「街をいく郵便配達のゆったりとした動きを見ていて、この仕事なら気楽だと」思って、転職をした。
が、現実は予想をはるかに越えて、厳しかった。増え続ける郵便に、追われるような毎日。めちゃくちゃな運転をして数分を節約し、体に鞭打ち残業を重ねても、配りきれないほどの仕事量。しかも「班」という単位で配達は行われる。一人の手際が悪ければ、班の全員に迷惑がかかるという仕組みだ。
気持ちにゆとりのないとき、人は簡単に意地悪になってしまう。他人の欠点が、直接自分の仕事量にはねかえってくるとなれば、なおさらだ。その結果、配達に時間のかかる高齢者や、覚えの悪い若者は、いやみと皮肉の嵐のなかで、耐えねばならないことになる。
嵐を緩和するために、無理に無理を重ねてしまう。
肉体的・物理的に追い詰められた人間同士が、いつのまにか互いの精神を蝕みあい、そうすることによってしか今の自分を支えられないようになってゆく過程が、丁寧に丁寧に描かれてゆく。息苦しいほどの迫力で、しかも生々しい。余計なことかもしれないけれど、どうか現実の郵便配達員の世界は、こんなにひどくはありませんようにと、祈りたくなってしまった。
もちろん、こういった問題は、ひとつの世界に限られたことではないだろう。私の職場こそこうだ、と共感を持つ人も多いかもしれない。本書に描かれているのは、極めて現代的な、職場の人間関係の歪みなのだから。原因は一人の人間のなかにあるのではなく、関係が悪循環して、殺伐とした空気を生み出してしまうこと……。
大久保は、不思議なほど明るい雰囲気を持つ隣の班の人間と親しくなる。彼らとの会話のなかで得た「心の自治」という言葉。それがこの小説の提起している問題を解く、キーワードであるようだ。
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朝日新聞
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