書評
『たこやき』(リブロポート)
神戸出身の友だちに誘われて、たこやきを食べに行ったことがある。彼は「ほんとうのたこやきが、新宿にもあったんだよ」と大発見をしたように興奮していた。多少のうまいまずいはあるだろうけど、たこやきに本物とか偽物とか、大げさやなあ、と思った。
が、いざそのお店に行って、びっくり。ふわふわしたボール状の玉子焼きのようなものを、おすましみたいな汁につけて食べるのだ。今度は私のほうが騒ぎはじめてしまった。
「えーっ、なんでこれがたこやきやの?ソースは?青のりは?」
本書の著者は、私とは逆で、ソースのたこやきを食べてびっくりしたと言う。そこが興味の出発点。それぞれのルーツをたどるうちに、ラヂオ焼きというものから発展した、醤油味のたこやきもあることがわかってくる。その醤油味のものに蛸を入れるきっかけとなったのは、実はお客さんのひとこと。「なにわは肉かいな。明石はタコ入れとるで」
で、この明石のほうも、いろいろと変化の歴史があり、始めはだし汁につけるということはなかった。名称はたこやきではなく、玉子焼き、という。のちに考案されただし汁も、冷たいのあり温かいのあり、とさまざまだ。明石玉という珊瑚の模造品の製造がふるわなくなった結果、その道具を再利用しようとして生まれたのが「明石の玉子焼き」だったのではないか、というのが著者の推理である。あくまで仮説だが、物語じたての推理に、私は説得されてしまった。
たこやきのような庶民的な食べ物には、文献学的な資料は、ほとんどない。したがって、たこやきに迫ろうとする著者は、体当たりで多くの人たちの話を、根気よく聞きつづけることになる。本書の魅力のひとつは、そのインタビューに登場する人たちの、素朴で味わい深い語りにあるだろう。みんな、驚くほどたこやきに誠実だ。少しでもおいしく、と工夫を重ねる姿は、職人魂を感じさせる。が、どこか肩の力が抜けているのがいい。
そして著者の好奇心は、たこやきの歴史を調べるだけではおさまらない。蛸をたどればタコ壼を作る現場まで、ソースをたどればソース会社の社長のところまで、たこやきを焼くための鍋をたどれば、明石でただ一軒作りつづけている板金の職人さんのところまで……。さらには、爪楊枝や小麦粉についてまで、考察の輪は広がってゆく。
好奇心があれば、一粒のたこやきからだって、こんなに豊かで楽しい本が生まれるのだ。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
が、いざそのお店に行って、びっくり。ふわふわしたボール状の玉子焼きのようなものを、おすましみたいな汁につけて食べるのだ。今度は私のほうが騒ぎはじめてしまった。
「えーっ、なんでこれがたこやきやの?ソースは?青のりは?」
本書の著者は、私とは逆で、ソースのたこやきを食べてびっくりしたと言う。そこが興味の出発点。それぞれのルーツをたどるうちに、ラヂオ焼きというものから発展した、醤油味のたこやきもあることがわかってくる。その醤油味のものに蛸を入れるきっかけとなったのは、実はお客さんのひとこと。「なにわは肉かいな。明石はタコ入れとるで」
で、この明石のほうも、いろいろと変化の歴史があり、始めはだし汁につけるということはなかった。名称はたこやきではなく、玉子焼き、という。のちに考案されただし汁も、冷たいのあり温かいのあり、とさまざまだ。明石玉という珊瑚の模造品の製造がふるわなくなった結果、その道具を再利用しようとして生まれたのが「明石の玉子焼き」だったのではないか、というのが著者の推理である。あくまで仮説だが、物語じたての推理に、私は説得されてしまった。
たこやきのような庶民的な食べ物には、文献学的な資料は、ほとんどない。したがって、たこやきに迫ろうとする著者は、体当たりで多くの人たちの話を、根気よく聞きつづけることになる。本書の魅力のひとつは、そのインタビューに登場する人たちの、素朴で味わい深い語りにあるだろう。みんな、驚くほどたこやきに誠実だ。少しでもおいしく、と工夫を重ねる姿は、職人魂を感じさせる。が、どこか肩の力が抜けているのがいい。
そして著者の好奇心は、たこやきの歴史を調べるだけではおさまらない。蛸をたどればタコ壼を作る現場まで、ソースをたどればソース会社の社長のところまで、たこやきを焼くための鍋をたどれば、明石でただ一軒作りつづけている板金の職人さんのところまで……。さらには、爪楊枝や小麦粉についてまで、考察の輪は広がってゆく。
好奇心があれば、一粒のたこやきからだって、こんなに豊かで楽しい本が生まれるのだ。
【文庫版】
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朝日新聞
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
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