書評
『ムシェ 小さな英雄の物語』(白水社)
重く悲しい歴史が見事に現代に蘇った
ウリベがバスク語で書いた第1作『ビルバオ−ニューヨーク−ビルバオ』は、事実を虚構の枠の中へと静かに落とし込んでいくその手つきが鮮やかで、詩人らしい簡潔で深い言葉に心動かされました。そして第2作となる本書もまた、作家の表現に対する考え方が明確に伝わってきます。作家と同名の語り手が、興味を抱いた人物を調べ、関係者を訪ねていくうちに、その人物の生きた証しが次々と集まってきます。それでできあがったものは自伝やエッセーではなく、小説という衣装をまとった美しい作品でした。「オートフィクション」という、二つの語りを統合した手法によって、ムシェという人物が驚くほど立体的に浮かびあがってきます。
第二次世界大戦時にベルギーの抵抗運動家となったロベール・ムシェは、貧しい家庭に生まれますが、友情に恵まれ、やがて恋を知り、結婚し、子供を愛し、共産主義者となり、ドイツと戦います。そして弾圧を受け、ドイツの強制収容所に送られてしまいます。
ここで描かれるのは、内省的なひとりの男が戦争を機に生き方を変えていく姿や、戦争と破壊のむごたらしさばかりではありません。作家は、普通の人の中に崇高さを見いだし、その崇高さの中に英雄の姿を見ているのです。
本書は、作中に出てくる「ヘントの祭壇画」のように、小さな話の断片が重なり、時間も一定方向に流れていくわけではありません。断片の一つ一つを結びつけているのは語り手の言葉と構成の力です。静かで客観的な文章が、戦争を語る際には緊張を増し、慟哭(どうこく)さえも聞こえてくるほどです。70年以上前の重く美しく悲しい歴史をどのように現代に蘇(よみがえ)らせるか、という果敢な挑戦をし、見事に成功した作品です。
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