選評
『黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』(文藝春秋)
大佛次郎賞(第33回)
受賞作=田草川弘「黒澤明vs.ハリウッド『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」、辻原登「花はさくら木」/他の選考委員=川本三郎、髙樹のぶ子、山折哲雄、養老孟司/主催=朝日新聞社/発表=同紙二〇〇六年十二月二十二日シェイクスピアの味わい
辻原登氏の『花はさくら木』には、シェイクスピア喜劇をそのまま小説に移したような豊かさがある。人ちがい、入れ替わり、奇想(都の地下を疾走する異形の飛脚たち)、そして台詞(せりふ)の修辞と冴(さ)え。一方では、「悪人」田沼意次を経済人として見直すなど、随所に新解釈を織り込み、「歴史ロマン」にありがちな凡庸さの罠(わな)からみごとに逃れ去っている。築城と水上交通についての記述には、目をみはるようなおもしろさがある。
田草川弘氏の『黒澤明vs.ハリウッド』における、悲劇的な運命を予感しながらも、そこへ引きずり込まれて行く黒澤明と、彼が描こうとした山本五十六。この二人の運命は、悲劇の中へ突っ込んで行くシェイクスピアの王たちと、どこか似ている。つまり、なぜ黒澤が山本を描きたかったのか、なぜそれに失敗したのか、それがよくわかる。
「トラ・トラ・トラ!」のシナリオの断片が、やがて一本の、統一されたシナリオになって行くという構成もすばらしい。なによりも、黒澤乱心の場面の凄(すご)さ。この凄さは、著者が発掘したアメリカ側資料がもたらしたもので、その骨折りに深く敬意をはらいたい。
【この選評が収録されている書籍】
朝日新聞 2006年12月22日
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