書評
『体の贈り物』(新潮社)
この世の中にはギブ&テイクの精神がまかり通っている。「わたしが○○してあげたんだから、あなたも××してよ」。そこには、いつも自分一人しか存在しない。○○してあげる自分と、××してもらう自分。自分、自分、自分……。かくて、淋しい自分ばかりがポツンと立ち尽くす荒涼とした世界が広がっていく。
11の短い物語が収められた、レベッカ・ブラウン『体の贈り物』の巻頭の一篇「汗の贈り物」からの抜粋だ。〈私〉はエイズ患者の世話をするホームケア・ワーカーで、リックは彼女が助けている患者の一人。〈私〉とリックはホステスという店のシナモンロールが気に入っていて、だから〈私〉は彼のためにそれを買っていくのを楽しみのひとつにしている。ある日、いつもの「シナモンロール要る?」という電話をしてみると、リックはとても元気そうな口調で「君が手ぶらで来てくれればいいんだ。びっくりさせるものがあるんだよ!」と答える。しかし、三〇分後、アパートに到着するとリックの容態は悪化していた。横たわり「寒い寒い」と訴える彼を、後ろからしっかりと抱きしめる〈私〉。やがて病院へと運ぶ車が到着し、〈私〉は主のいない部屋の中に取り残される。そして発見するのだ。リックから自分への贈り物を――。
ごめんなさい。ブックレビューとしては掟破りなまでに、ストーリーを明かしてしまって。わずか一〇ページの物語なのに。でも、どうしても具体的に紹介したかったのだ。訳者あとがきにもあるように、この短篇集の魅力は要約では伝わりにくい。エイズ患者を世話する女性を語り手に、彼女と患者たちとの交流を描き、静かな感動を呼ぶ短篇集なんて要約、絶対にしたくないし、第一なんの意味もない。どころか、そんな要約を読んで、「難病ものって苦手だから」と敬遠する人が出てきたら、百害あって一利なしだ。
ここには、難病やボランティアといった言葉につきまといがちな、善意や感動の押しつけめいた物語は一切ない。エイズ患者のケアという現場で起こったことや、それに対して感じたこと、思ったことが、シンプルな言葉で真っ直ぐに描かれているだけなのだ。もちろん、きれいごとな“お話”もない。末期症状で全身におできが出ている患者を見て、「気持ち悪い」と反応する〈私〉がいる。乳ガンで除去された乳房の手術痕を見て、たじろぐ〈私〉がいる。近しい人の発病に絶望を隠せない〈私〉がいる。そして、その飾り気もなければ、大団円とも無縁な語り口に、深く静かに打たれている自分を見つける、これはそんな短篇集なのだ。
わたしはすべての作品を読み終えた今でも、先に引用したくだりをはじめ、いくつかの箇所を読み返すたび、そのたびごとに胸が詰まる想いでいっぱいになってしまう。でも、胸を詰まらせるのは、哀しみだけじゃない、希望であり、慈しみであり、共感であり、心をしっぽり包んでくれるとても温かい感情なのだ。でも、なぜなんだろう。必ず死へと至る病を描いた物語を読んで、なぜ、わたしは希望を抱くことができるのだろう。
それは、ギブ&ギブ。この11の小さな物語たちには、ギブ&ギブの心が満ち溢れているのだ。誰かに何かを贈る自分、誰かに何かを贈るあなた、誰かに何かを贈る彼、誰かに何かを贈る彼女。ここには、みんながいる。孤独な惑星で、静かに声をかけあいながら、その声を支えにささやかだけど大事な生を生きるわたしたちみんなの姿があるのだ。
ギブ&ギブ。レベッカ・ブラウンから手渡される贈り物は温かい。荒涼としかけている世界を救えるくらいに温かい。
【この書評が収録されている書籍】
私はリックが店に行く姿を想った。道を歩いていくのにどれだけ時間がかかるか、一番いいやつを買うのにどれくらい早くに行かねばならないか。私をびっくりさせてやろうと計画を練っている彼の姿を、私は思い浮かべた。自分にできないことをやろうとしている彼の姿を。(中略)しばらくして、私は目を開けた。彼は希望をこめてこの食卓をしつらえたのだ。彼が私のために用意してくれた食べ物を私は手にとり、食べた。
11の短い物語が収められた、レベッカ・ブラウン『体の贈り物』の巻頭の一篇「汗の贈り物」からの抜粋だ。〈私〉はエイズ患者の世話をするホームケア・ワーカーで、リックは彼女が助けている患者の一人。〈私〉とリックはホステスという店のシナモンロールが気に入っていて、だから〈私〉は彼のためにそれを買っていくのを楽しみのひとつにしている。ある日、いつもの「シナモンロール要る?」という電話をしてみると、リックはとても元気そうな口調で「君が手ぶらで来てくれればいいんだ。びっくりさせるものがあるんだよ!」と答える。しかし、三〇分後、アパートに到着するとリックの容態は悪化していた。横たわり「寒い寒い」と訴える彼を、後ろからしっかりと抱きしめる〈私〉。やがて病院へと運ぶ車が到着し、〈私〉は主のいない部屋の中に取り残される。そして発見するのだ。リックから自分への贈り物を――。
ごめんなさい。ブックレビューとしては掟破りなまでに、ストーリーを明かしてしまって。わずか一〇ページの物語なのに。でも、どうしても具体的に紹介したかったのだ。訳者あとがきにもあるように、この短篇集の魅力は要約では伝わりにくい。エイズ患者を世話する女性を語り手に、彼女と患者たちとの交流を描き、静かな感動を呼ぶ短篇集なんて要約、絶対にしたくないし、第一なんの意味もない。どころか、そんな要約を読んで、「難病ものって苦手だから」と敬遠する人が出てきたら、百害あって一利なしだ。
ここには、難病やボランティアといった言葉につきまといがちな、善意や感動の押しつけめいた物語は一切ない。エイズ患者のケアという現場で起こったことや、それに対して感じたこと、思ったことが、シンプルな言葉で真っ直ぐに描かれているだけなのだ。もちろん、きれいごとな“お話”もない。末期症状で全身におできが出ている患者を見て、「気持ち悪い」と反応する〈私〉がいる。乳ガンで除去された乳房の手術痕を見て、たじろぐ〈私〉がいる。近しい人の発病に絶望を隠せない〈私〉がいる。そして、その飾り気もなければ、大団円とも無縁な語り口に、深く静かに打たれている自分を見つける、これはそんな短篇集なのだ。
わたしはすべての作品を読み終えた今でも、先に引用したくだりをはじめ、いくつかの箇所を読み返すたび、そのたびごとに胸が詰まる想いでいっぱいになってしまう。でも、胸を詰まらせるのは、哀しみだけじゃない、希望であり、慈しみであり、共感であり、心をしっぽり包んでくれるとても温かい感情なのだ。でも、なぜなんだろう。必ず死へと至る病を描いた物語を読んで、なぜ、わたしは希望を抱くことができるのだろう。
それは、ギブ&ギブ。この11の小さな物語たちには、ギブ&ギブの心が満ち溢れているのだ。誰かに何かを贈る自分、誰かに何かを贈るあなた、誰かに何かを贈る彼、誰かに何かを贈る彼女。ここには、みんながいる。孤独な惑星で、静かに声をかけあいながら、その声を支えにささやかだけど大事な生を生きるわたしたちみんなの姿があるのだ。
ギブ&ギブ。レベッカ・ブラウンから手渡される贈り物は温かい。荒涼としかけている世界を救えるくらいに温かい。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

マグレター(終刊) 2001年3月
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