書評
『ぼくの道具』(平凡社)
極地で人間を助ける道具とは?
テントの出入りのとき、靴の着脱の手間を省いてくれるダウンシューズの項。その機能性を語る、このくだり。人生指南系の本を量産している作家のエッセイをたまたま読んだら、一流の人は玄関できちんと靴ヒモを結んだり解いたりするものだ、といったようなことが書いてあった。それを読んで、『何を言ってるんだこの人は』と思った。
「一流の人」の物差しが靴ヒモにあるとは私も初耳だが、それはさておき、本書の立ち位置を端的に表す箇所である。生命維持に影響をおよぼす土地、つまり極地を旅するとき、人間を助けてくれるのはどんな道具なのか。日常を超えた場所に身を置くとき、適材適所の道具とは何なのか。体験から導き出された知恵を知りたくて、極地に旅をしない私も本書を手に取った。
山での装備やテント生活に欠かせない道具。写真家としての仕事道具。身につけるもの。山暮らしの小物……文章・写真・イラストレーションで紹介する、生きるための道具九十六点。しかし、「これがベスト」「道具の集大成」といった上から目線の匂いは、本書にはまるでない。迷ったり、見聞を広めたり、迂回(うかい)や失敗を重ねながら、現時点で辿(たど)り着いた経験と知恵のかたちとしての道具は、自身の身体で得たリアリティーに満ちている。
覚えておきたい道具が続々と登場する。
折り畳みできる空気注入式マット。なるほど、劣悪な状況では寝袋の下にこれを敷いて快適を得ているのか。
ヒマラヤンパンツ。ダウン仕様のオーバーオールの機能が標高5700メートルのベースキャンプ生活で寒さから救ってくれた。
バックパックとドラムバッグとの機能の違いも、初めて腑(ふ)に落ちた。サングラス、目出し帽、帽子、腕時計、ネックウォーマー、手袋と続き、唐突に「赤いヒモ」が登場する。ヒマラヤ登山のさい、「プジャ」と呼ばれる祈りの儀式の最後に、首にかけてもらう赤いヒモのお守り。極地に向かう人間の心理について、思いを馳(は)せずにはおられない。
トイレ問題も重大な案件だ。水筒として使われる透明ボトル、ナルジンボトルを尿瓶に活用する詳細が活写され、またしても目からウロコが落ちる。「あらゆる水分に対応可能」だからこそ、発想の転換を寛(ひろ)く受け容(い)れる。万能の道具があるのではない、万能を生み出すのは使う者のほうなのだ。
極地で実力を発揮する道具が、日常生活の困難な状況下で活躍することはいうまでもない。本書は、サバイバルのための道具論でもある。
十四年間使用中の赤いキャンバス地の小物入れへの愛着を、こう語る。
消費するための『商品』ではなく、使い続けるための『道具』である。
生命と密着した道具の意味と関係を学び直す一冊。2015年に行ったK2登攀(とうはん)記を付す。
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