書評
『花婚式』(角川書店)
再婚もいいかも知れない
三十歳を過ぎた頃、まわりは離婚ラッシュだった。元同級生や仕事で関わりのある人たちの誰それが別れたとの噂が、次々流れ、「えっ、あの人が?」
「んまー、あの人も?」
と驚くばかり。統計的に、離婚の件数は増えているというが、
(ほんとうに、そうなのだなあ)
と実感した。
ショックなのは、その中に、はたの者が顔を赤らめるほどの大恋愛の末、結ばれたカップルが何組も含まれていたこと。この人に会うため生まれてきた、いっしょになる運命だった、くらいのことを公言してはばからなかった二人。
(あんなに愛し合っていたのに、なぜ?)
というヤツである。おかげで、こちらは一回も結婚しないうちから、早くもむなしくなってしまうのだった。結婚に至るいきさつと違って、離婚までについては、人は詳しく語らない。言うとしたら、
「離婚は、結婚の十倍のエネルギーが要る」
「立ち直るには、結婚していたのと同じだけの年月がかかる」
そう聞くと、不安になる。この先、私が男性と出会うチャンスがあるとすれば、年齢的に、離婚経験者の率が多くなろう。そのとき、相手がトラウマをひきずっていたら、二人にとっての障害にならないか。前のことはきれいさっぱり忘れて、あらたな関係づくりにとり組んでくれるだろうか。
藤堂志津子著『花婚式』(角川文庫)の主人公、佐都子は三十九歳、同じく離婚経験者である四十五歳の夫と、再婚して六年、子どもはない。双方とも、前の結婚のときも、子どもはなかった。そうしたプロフィールが、冒頭でまず、あきらかにされる。
佐都子は、日記をつけている、再婚当初は、嬉し恥ずかし「愛の日記」だったが、だんだんに情熱が薄れ、日常のあれこれを書きつける「よろず帳」の趣を帯びてきた。
夫婦仲が悪いわけではない。どころか、まわりから羨まれるほどうまくいっているし、自分でも夫との再婚は正解だったと思う。それでも、ストレートにぶつからず、相手の心を慮りながら、注意深く接するところがあるのは、否めない。まじめで、ときにムキになるタイプの妻と、おっとりと構えた夫。それぞれの性格と、再婚生活の機微が、こまやかに描かれる。
花婚式とは何ぞや。結婚七年めの節目のことをいうそうな。
この花婚式を前に、ちょっとした事件が持ち上がる。夫の友人の再婚ばなし、夫の部下の妻の浮気と離婚騒動。波乱とまではいかない、さざ波的なできごとが、物語の中心だ。
夫の友人や部下らを通し、男女の結びつきの不可思議さ、こじれた関係を元に戻す難しさを、目の当たりにすることで、円満な日々の中ではフタをしていた、さまざまな感情がよびさまされる。しゃにむに我を通し、離婚にこぎつけたこと、その揺れ戻しとしての罪悪感。
今の夫には、自分ほど離婚の後遺症はないようだ。彼は離婚に懲りていない? すると、もし今度の結婚もだめになるとしたら、別れを切り出されるのは自分?
いまだに夫のすべてを把握しきれていない焦りと不安が、妻にはある。そもそも再婚までの夫の四十年聞を、自分はまるで知らないのだ。そんな思いが、今さらながら胸をふさぐ。
でも、そこから悪い方へは考えないのが、佐都子というキャラクターの魅力だ。「夫の四十年間の人生に嫉妬しているかぎりは、この結婚は大丈夫だ、とも思うのだ」。愛がなくなるとはどんなことかを、身をもって経験した人だからこそ、言えることだろう。
この著者らしい、リアルでユーモラスな部分も楽しめる。部下の妻の浮気がばれたのは、二十回行けば一回無料になるという、ラブホテルのスタンプカードから。
そう、どんなにシリアスなできごとであっても、現実はどこかおかしく間が抜けていて、猥雑ですらある。そうした現実にどっぷりとはまり込むにつれ、佐都子の日記の「よろず帳」度も進んでいく。
著者は佐都子に言わせている。矛盾だらけの気持ちや、さまざまなことがらを、統一性もなく書き連ねた「よろず帳」、それすなわち人生ではあるまいか、と。
同じことを、終わりに近いところで、夫の台詞としても語らせる。できごとに対する心の整理なんて、時間を置いたからってつくものではない、あっちもこっちも未整理のことばかり抱えて、ごちゃごちゃな状態が、人生そのものなのだろう、と。うーん、そうなのか。
ホッとするのは、夫婦ともそうした認識に立った上で、たがいを思いやり、努力して関係を築き、持続させていこうとしている点だ。そこでものを言うのが、中年の底力。はずみと勢いとでもなんとかなる若いときの結婚とは違う味わいが、物語の後の方になるほど、じわりとにじみ出てくる。
こんな夫婦になれるなら、再婚もいいかも知れないと思うのだ。
本の旅人 2000年6月
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