書評
『ちんどん屋です。』(思想の科学社)
子どものころ住んでいた大阪では、商店街などで、ときおりちんどん屋さんを見かけた。
にぎやかで派手で、なんかえらい楽しそうやなあと思ったものだ。逆に学生時代、東京で見かけたちんどん屋さんは、街から浮いてしまって、とても辛そうに見えた。「小春日の早稲田通りのちんどん屋見ルナ見ルナというように行く」こんな短歌を作ったことがある。
本書は、若いちんどん屋の夫婦が、交替で日常を綴ったエッセイ集だ。街で出会っただけではとうていわからない、彼らの生き生きとした毎日が、率直に語られる。
時代劇の登場人物、ピエロなど、さまざまな扮装をして、トランペット、アコーディオン、三味線、太鼓などで音楽をかなでながら、賑やかに街をねり歩く。開店のお知らせや、博覧会の盛り上げ、ロックコンサートの前座から、遊園地の舞台まで。日本のみならず、ニューヨークやロサンゼルス、シンガポールなど、活動の場は広い。そんな中で得た数々の出会いが、彼らの財産だ。
地方都市の路上で、共に踊ってくれたフィリピンの女性たち、仕事先で一緒になった大道芸の人々、事務所にいりびたる小学生……。なかでも芸人さんたちの話は、ユニークな人ぞろいで、実におもしろい。
体験から生まれる言葉には、「芸」とは何かを、あらためて考えさせられた。「パチンコ屋のためとはいえ、それは目の前にいる通行人の足をとめ、うきうきさせて笑顔にさせるための音楽でもある。(中略)聞く人も、いやなら通り過ぎればよいし、気に入ったなら、そのままついていけばよい。その意味では、おそろしく自由な音楽の場であるのだ」(幸次郎)「それにしても、目の前にいる人を喜ばせる芸人って、減る一方やなあ。メディアを通じて有名になった方が世間的にも認められ、収入も多いとなると、そら、みんなそっち行って当然。でも(中略)目の前のひとりの人を楽しませるっていうのは、とても大切なことやねんで」(真理子)
出産によって仕事を休まざるをえない真理子さんの、イライラした文章は、とても正直で、働く女性の思いが伝わってくる。
昔は「結婚して子どもを産むことで、自分も社会の一員になれたという連帯感、安心感を持てただろう」しかし今は「子供ができて自分が社会から取り残されたと感じる」時代なのだ。
人間と直に接する二人の目は、ときに鋭く、ときに優しく、社会を切り取って見せてくれる。
【この書評が収録されている書籍】
にぎやかで派手で、なんかえらい楽しそうやなあと思ったものだ。逆に学生時代、東京で見かけたちんどん屋さんは、街から浮いてしまって、とても辛そうに見えた。「小春日の早稲田通りのちんどん屋見ルナ見ルナというように行く」こんな短歌を作ったことがある。
本書は、若いちんどん屋の夫婦が、交替で日常を綴ったエッセイ集だ。街で出会っただけではとうていわからない、彼らの生き生きとした毎日が、率直に語られる。
時代劇の登場人物、ピエロなど、さまざまな扮装をして、トランペット、アコーディオン、三味線、太鼓などで音楽をかなでながら、賑やかに街をねり歩く。開店のお知らせや、博覧会の盛り上げ、ロックコンサートの前座から、遊園地の舞台まで。日本のみならず、ニューヨークやロサンゼルス、シンガポールなど、活動の場は広い。そんな中で得た数々の出会いが、彼らの財産だ。
地方都市の路上で、共に踊ってくれたフィリピンの女性たち、仕事先で一緒になった大道芸の人々、事務所にいりびたる小学生……。なかでも芸人さんたちの話は、ユニークな人ぞろいで、実におもしろい。
体験から生まれる言葉には、「芸」とは何かを、あらためて考えさせられた。「パチンコ屋のためとはいえ、それは目の前にいる通行人の足をとめ、うきうきさせて笑顔にさせるための音楽でもある。(中略)聞く人も、いやなら通り過ぎればよいし、気に入ったなら、そのままついていけばよい。その意味では、おそろしく自由な音楽の場であるのだ」(幸次郎)「それにしても、目の前にいる人を喜ばせる芸人って、減る一方やなあ。メディアを通じて有名になった方が世間的にも認められ、収入も多いとなると、そら、みんなそっち行って当然。でも(中略)目の前のひとりの人を楽しませるっていうのは、とても大切なことやねんで」(真理子)
出産によって仕事を休まざるをえない真理子さんの、イライラした文章は、とても正直で、働く女性の思いが伝わってくる。
昔は「結婚して子どもを産むことで、自分も社会の一員になれたという連帯感、安心感を持てただろう」しかし今は「子供ができて自分が社会から取り残されたと感じる」時代なのだ。
人間と直に接する二人の目は、ときに鋭く、ときに優しく、社会を切り取って見せてくれる。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 1991年4月28日〜1994年4月3日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。